自分用メギドあらすじまとめ11章

#109

「彼の世界」の発生は、はじめは悲鳴のようなものだった。幻獣が現れた世界が苦しみ、世界そのものの意志のようなものを持ったのだ。

「彼の世界」は数が意味をなさないほどただひたすらに叫び続ける。その叫びが何かーー幻獣として生まれようとしていたものにぶつかった時、意思も言葉も持たないそれらは一つに溶け合って、「メギド」となった。「メギド」はただ一人この世界に産み落とされ、何をすればいいのかも自分が何者なのかも分からないままもがく。それが最初のメギドにして最後のエルダー、アルスノヴァである。

本能のままに幻獣を殺し続けたアルスノヴァは、ある時「彼の世界」の意図に気付く。幻獣をこの世界に送り込んでいる存在、後に「母なる白き妖蛆」と呼ばれることになる者と接触し、侵略行為をやめるよう要請することが、自分が世界に送り込まれた理由である。長い時の果てにアルスノヴァは幻獣の送り手との接触に成功し、しかし完膚なきまでに決裂した。言葉どころか他者すら存在しなかった彼らにとって、対話など未知のものなのである。この決裂に端を発する戦争が、今に至るまでずっと続いているのだ。

「彼の世界」の強い叫びはメギドを生み出し続けた。その「強さ」は、メギドに幻獣にはないもの、すなわち自我をもたらした。そして自我こそが、メギドの行動原理を多様化させ「蛆」への対抗を忘れさせ、結果として敗北へと導くことになった。

メギドは幻獣の存在を前提として発生することから、じきに幻獣の送り手の能力を持つメギドが生まれるようになった。その能力とは「内面世界という閉じた世界から外を観測する力」である。「観測する力」が放たれ実体化したものが幻獣であり、また、その力を持つメギドはのちに「夢見の者」と名乗るようになる。夢見の者とはすなわち、「母なる白き妖蛆」に由来する力を持つ者なのだ。

夢見の者たちは、フォトンがいずこかへ流出していることから、その道筋を辿ることで世界の結節点を見つけられると考えた。その結果発見した異世界が、臨界ヴァイガルドである。

ここから始まる「エルダーの歴史」が、ベルフェゴールが大罪同盟から受け継いだ秘密である。ベルフェゴールはマモン、サタン、バールベリト、リヴァイアサン、ルシファー、アマイモンにそれを話して聞かせていた。サタンやマモンは歴史を軽んずるが、バールベリトだけはそれに興味を持つ。彼は「蛆」側のメギドとして警戒はされつつも、一定の線を引きながら元大罪同盟及び八魔星のメギドたちには受け入れられていた。

 

ソロモンはエルダーに会うため、メルクリウスで「脳消し大陸」を目指す。優先順位について、ソロモンはこう説明した。まず、サタンについてベルゼブフと争うのは、いざサタンとベルゼブフが和解した時にリスクとなる。蛆=ベルゼブフとメギド72との対立が決定的である以上、サタンとベルゼブフが和解すればメギドラルの二大勢力を敵に回すことになるからだ。和解こそなくとも、二者が互いに執着していることを思えば予想外の状況に転ぶことは十分にありえる。であれば、メギドラル中央の勢力からは距離を取るべきである。また、「大いなる意思」の奪取も難しい。よしんば何らかの方法で奪い得たとして、次はメギドラル中の軍団から狙われることになる。

更に、ベルゼブフの持つ「大いなる意思」がどれほど真っ当なものなのかも疑わしい。蛆の手が入っている可能性は十分にあるのだ。この世界に唯一残された「大いなる意思」が信用できないものなのであれば、ソロモンにできることはエルダーに会い、「大いなる意思」の製造経緯や機能も含め少しでも多くの知識を得て対策を考える材料にすることだけなのである。

「脳消し大陸」に到着すると、ブネはソロモンの目を盗んで、アラストール、ネビロス、サルガタナスをそれぞれ情報収集に行かせる。イポスたち偵察隊の行方にレジェ・クシオ脱出隊の居場所、サタンやベルゼブフの動向偵察などがその目的である。期間は一週間、任務後の集合場所はメギドラルの大盾のある「乾くことなき地の荒野」とした。

ソロモンはレラジェ、モラクス、バルバトス、バラム、パイモン?と共に地上を闇雲に歩き回ってみて、エルダーに見つけてもらうのを待つことにする。

歩き回るうち、一行の前にリリスが姿を見せる。が、蜃気楼のように現れては消えて一向に追いつくことができない。と、一人の見知らぬメギド、ファンブランが声をかけてきた。幻獣に襲われリリスを救う手助けをしてくれるのだという。ファンブランとは名のある大メギドであった。彼もまたエルダーに呼ばれて「脳消し大陸」を訪れ、既に数百年にも渡る時をそこで彷徨い過ごしていた。

リリスが幻獣に襲われたのは見間違いなのだという。そもそもリリスには実体がないのだ。リリスは夢見の者として唯一エルダーに「呼ばれた」者であり、大幻獣になるかエルダーになるかの狭間で揺れた末、「どちらでもない」ことを選ぶことに成功した空前絶後の存在である。これによりリリスは肉体の実体を失い、丸裸の魂が蒸発することを防ぐために星間の禁域に逃げ込んで、そこの番人のようにして過ごしつつ、夢の中で若い夢見の者の世話をするようになった。

話すうち、ファンブランの様子が豹変する。意識が薄れ、幻獣由来の肉体に行動が支配されてしまいつつあるのだ。それはエルダー化の過程で起こる現象であり、これまでもファンブランは何度も幻獣化しては意識を取り戻すのを繰り返していた。しかし、ソロモンたちの目の前でとうとう彼は決定的な変化に臨場する。メギドとして戦争社会に生きていた頃が「楽しかった」ことを思い出してしまったファンブランは、ついに自我を捨て去ること叶わず、大幻獣に変化して空へと飛び去った。その行く先は星間の禁域である。

再度幻影の姿を現したリリスは、ファンブランが無事星間の禁域に受け入れられたことを告げた後、自身の召喚を提案してきた。ソロモンの指輪の力があれば実体を構築し、戦力として参加できるだろうというのだ。

 

ソロモンらの行動にはエウリノームも同行してきた。

エウリノームは個の空虚なメギドである。戦争の目的にするような個を持たず、またそれを獲得することにも興味を示さない。将来のヴィジョン無くただ目の前の戦争に打ち込んできた結果、戦果のみが積み上がった。「蛆」はそんなエウリノームを、戦争の理由や意味に執着しないメギドとして重宝し、個に代わる何かを提供し続けてきたのだろうとイヌーンなどは推測していた。

道中、エウリノームは彼の知ることを話して聞かせる。「彼の世界」はメギドに対して怒っている。幻獣の駆逐という役割を期待して送り出した存在が、勝手に自我を持ち、個のため相争っているためだ。対してエルダーは「彼の世界」の望みを理解しており、メギド絶滅覚悟で「母なる白き妖蛆」の排除、撃破、消滅を行動原理としている。

(今でこそ幻獣はメギドの軍団に組み込まれ共存しているが、これは「母なる白き妖蛆」の支配下にあるベルゼブフの主導により議会で方向付けられたものである。これを含め議会対策に集中するため、ベルゼブフはフライナイツとしての裏工作をエウリノームに委ねた。ベルゼブフがそこまでしなければならなかったのは、サタンという強力な政敵がいたからだ。サタンとベルゼブフはかつて「特別な仲」だったが、サタンはベルゼブフが本来の彼ではないことを疑い、その議会での活動をハルマゲドン計画の横槍により邪魔してきた。「片や世界を奪おうとする者、片や、たった一人を奪い返そうとする者」である。)

フォトンに飢える「母なる白き妖蛆」は、メギドラル世界を奪い、自身の内面世界である「白き世界」をメギドラルに実現させようとしている。

説明をリリムが引き継ぐ。全てのメギドは不完全で未完成な存在であり、「彼の世界」は幻獣の駆逐後諸共に滅ぶ駒としてメギドを実体世界に送り出している。その滅びの運命に抵抗しているのがメギドたちの「個」だ。今メギドたちは、上位存在の駒という在り方から抜け出しきれていないのだ。

個をぶつけ合わす戦争社会をずっとこのまま続けて行きたいと多くのメギドが願う中、時折、その現状維持に拒否感を持つメギドがいる。その拒否感は思考の末のものではなく、不意に訪れる衝動である。それが、「エルダーに呼ばれる」現象である。「呼ばれた」メギドは「脳消し大陸」を訪れ、そこを幻獣になりかけたり意識を取り戻したりしながらいつしか自我を消し去り、幻獣由来の肉体も捨てて再構成し、純粋な「彼の世界」から分かたれた存在になろうとする。ここでいう「自我」とは個々の意識や感情という意味合いではなく、「メギド」という種族としての意識とでもいうべきものだ。もっと大きく複雑な存在として生きるよう心身を作り変えることに成功したのがエルダーである。「自我」と肉体を捨てるのに確立された方法はなく、実際、殆どのメギドがそれに失敗する。失敗した者は大幻獣に成り果て、蛆の支配からも離れて永劫に星間の禁域を彷徨うことになる。ある意味大幻獣とは、自我=魂を獲得した幻獣なのである。

自我が希望を持つ限り、「蛆」対「カトルス」/幻獣対メギドの代理戦争は終わらない。

 

ソロモンたちはとうとうエルダー・アルスノヴァに邂逅する。

 

サタンの軍勢は、今後のメギドラル社会の主導権を巡る、ベルゼブフを相手取った戦いに乗り出していた。まずは各自分散してアバドンの奪取を目指すことにする。バールベリトは単身レジェ・クシオの確保に向かっていたが、ハルマが多すぎたので諦めた。

 

アルマロス率いるレジェ・クシオ脱出隊はベルゼブフの接触を受けていた。大いなる意思を持っているとの言葉に議会の者たちは沸き立ち、同行を快諾する。その様子をアルマロスは疑惑の目で睨みつけ、ロノウェにその後を追わせた。

 

#110

本隊(「脳消し大陸」地上捜索):ソロモン、バラム、バルバトス、モラクス、レラジェ

本隊(メルクリウス待機):アイム、アガシオン、アガリアレプト、アガレス、アザゼルアスタロト、アスモデウス、アスラフィル、アバラム、アマゼロト、アミー、アムドゥスキアス、アリトン、アンドラス、アンドレアルフス、アンドロマリウス、イヌーン、インキュバス、インプ、ウァサゴ、ウァプラ、ウァラク、ウヴァル、ウェパル、ウコバク、エリゴス、オセ、オリアス、オレイカルコス、オロバス、カイム、ガギゾン、カスピエル、ガープ、ガミジン、キマリス、グシオン、グラシャラボラス、グレモリー、クロケル、ザガン、サキュバス、サタナキア、サブナック、サラ、サレオス、ジズ、シトリー、シャックス、シャミハザ、スコルベノト、ストラス、ゼパル、セーレ、タナトス、タムス、ダンタリオン、ティアマト、デカラビア、ナベリウス、ニバス、ネフィリム、ネルガル、パイモン、ハーゲンティ、ハック、バティン、バフォメット、バラキエル、ハルファス、バロール、ビフロンス、ヒュトギン、フィロタヌス、フォラス、フォカロル、ブエル、フェニックス、ブニ、ブネ、フラウロス、フリアエ、ブリフォー、フルカス、プルフラス、フルフル、フルーレティ、ベバル、ベヒモス、ベリアル、ベリト、ベレト、ボティス、マルコシアス、マルチネ、マルバス、マルファス、ムルムル、メフィスト、メルコム、ラウムリリム、ルキフゲス

ブネの指示で情報収集活動:アラストールサルガタナス(サタン軍)、ネビロス

サタン軍勢に参加:アマイモン、コルソン、ジニマル、バールベリト、フォルネウス、ベルフェゴール、マモン、リヴァイアサン、ルシファー

レジェ・クシオ脱出後潜伏:アモン、アルマロス、アロケル、イポス、ウァレフォル、オリエンス、ダゴンチェルノボグ、プルソン、ロノウ

その他:ヴィネ(ハルマの傀儡に甘んじ王女として活動)、プロメテウス(ライブで絶えず人前に姿を見せることでハルマや騎士団の敬遠を得る)、バエル(王宮)、バールゼフォン(トーア公国の牢に勾留)、ニスロク(どこかで料理中)

 

※前話で語られた内容の詳説

エルダーとはどのようなものなのか。

発生直後のアルスノヴァとそれに続くメギドたちは、内なる衝動の赴くがままに幻獣を狩り続けていた。ただしこの時点ではメギドたちはコミュニケーションの手段を持たず、集団での行動はできていなかった。蛆の侵略への対抗としてはあまりに焼け石に水の、ゲリラ的な戦いである。

そのうちに、アルスノヴァは幻獣の発生源に疑問を持ち、侵略行為の根本であるその幻獣の送り手のことを知ることが必要であると考える。蛆もまた、アルスノヴァのその思考をーー幻獣由来の肉体をマーカーにして内面を探る能力によってーー察知した。両者はついに邂逅する。それは、蛆がアルスノヴァを自身の内面世界に引き込むことによって行われた。とはいえ蛆の内面世界は現在のように具体的な景色の見える「白き世界」ではなく、暗く何も見えず圧迫感ばかりが押し寄せてくる「黒き世界」であった。

ソロモン王を蛆に認識させる「アルス・ノヴァの儀式」の場は、遡れば最初のメギドにして最後のエルダー・アルスノヴァが蛆との接触に成功した場所である。

アルスノヴァと蛆の交渉は、しかし対話にすらならず、ただ感覚的に互いが相容れないものであることを両者に印象づけただけであった。互いに言葉やコミュニケーションの手段を持たなかったからだ。

決裂した接触を経て、アルスノヴァはメギドという在り方からの脱却の必要性を感じるようになる。幻獣由来の肉体ゆえ潜在的に蛆の支配下にあるメギドという在り方のままでは、蛆と戦うことは叶わないのだ。そしてアルスノヴァは「脳消し大陸」で自己探求の旅を始め、幻獣とメギドの間を揺れ動きながらついに肉体を捨てエルダーになることに成功した。今アルスノヴァは魂だけでこの世界に存在しており、物理的にある身体は、元の肉体をフォトンに分解した上で成形し魂に纏ったものである。

 

次に、夢見の者とはどのようなものなのか。

他者の精神に干渉する「夢見の力」が一種族一個体であるはずのメギドの複数個体に発現するのは奇妙なことである。自分に似た力を持つ者がいることをとある夢見の能力者たちは不思議に思ったが、それはすなわち、メギドが初めて他者に興味を持ったことを意味していた。夢見の力を持つとあるメギドは他のメギドとのコミュニケーションを計った。結果として非夢見のメギドとの接触は言葉を持たぬがゆえに成立しなかったが、夢見の者どうし、精神世界で非言語のイメージをやり取りすることにより、友好的な接触を持つことには成功した。これがメギドにおける最も古い社会の形である。

夢見の力は、母なる白き妖蛆の持つ力と同種のものである。彼らの身体が幻獣に由来しているために、幻獣の送り手である蛆の持つ力を受け継いだのだ。

蛆は自らの内面世界を創造する力を持っており、このイマジネーションの力を外に向けると、異世界に幻獣という存在が具現化する。漠然としたイメージという意味では、蛆がイマジネーションにより幻獣を生むことと、「彼の世界」が叫びによりメギドを生むことはとても似ている。しかしメギドと違い、幻獣は蛆と繋がり続けている。そして蛆の耳目となって「外の世界」の情報を蛆に届け、また、手足となって異世界に干渉する。

精神を実体あるものとして扱える点、外の世界に耳目を向けて観測活動をできる点において蛆の力と夢見の力は共通点を持っている。自分たちの力が幻獣の送り手に由来していると推測したメギドたちは、蛆への接触を試みた。しかしなまじ直接精神でやり取りできてしまうが故に、「黒き世界」に行った夢見のメギドたちはその意味不明な精神世界に自らの精神を破壊され、例外なく発狂し死んでいった。

夢見の者たちは、この失敗体験以後、蛆と正常なコミュニケーションを取り、そして自分たちの能力の由来に関する仮説を証明することを目的に据えた。それは非夢見のメギドたちの持つ目的、すなわち幻獣の殲滅・蛆の抹殺とは方針を異にしていたことから、夢見の者たちは独自勢力としてメギドたちと蛆との間で中立を取ることになる。

蛆がメギドラルからフォトンを持ち出しているのなら、その持ち出した先、この世界の外に実体ある異世界が存在しているはずだと夢見の者たちは考えた。蛆から受け継いだ「外」を観測する力を信じて、夢見の者たちは流出するフォトンの痕跡を追ってメギドラルを飛び出した。彼らは蛆の「黒き世界」を見つけることはなかったが、代わりに、ヴァイガルドを発見した。

ヴィータの夢を通して夢見の者たちの得たヴァイガルドに関する知見は、彼らに中立の立場の保障を与えた。その知見はメギドにとっても蛆にとってもあまりにも有益だったのだ。中でも「言語」は双方に劇的な変化をもたらした。

言語はイメージを明確にし、メギドが死んで経験が「彼の世界」に持ち帰られることで、「彼の世界」をも豊かにした。以降、発生するメギドは生まれながらにして社会常識や言語を解するようになる。そしてコミュニケーションを会得したメギドたちは互いを仲間と、そして蛆を敵と認識するようになった。メギドラルにおける社会の誕生である。

夢見の者たちは引き続き蛆との交信の方法に頭を悩ませる。言語を会得したとしても、蛆との間には未だ深い断絶が存在していた。それは蛆とメギドたちの精神があまりに異質であったためであり、換言すれば両者の間にコモンセンスが全くなかったのだ。よって夢見の者たちは、蛆に情報を与え、共通認識を打ち立てようと考えた。その情報というのはヴァイガルドに関するものである。ヴァイガルドの情報は蛆に受け入れられ、ヴァイガルドに酷似した「白き世界」が構築されるようになった。長い時を経て、蛆は交信可能な存在へと変貌して行った。

蛆に共通認識を与え「白き世界」を創り出させたことは、確かに蛆との対話を可能にはしたが、それ以上の後悔を夢見の者たちにもたらした。「白き世界」構築はフォトンを必要とする。すなわち、かつてに輪をかけて蛆を飢えさせてしまったのだ。幻獣は急増し、それに呼応してメギドも増える。メギドラルのフォトンはみるみるうちに減ってゆく。

そしてまた、言葉は思考を可能にする。蛆はより狡猾により賢くなり、明確な意志を持ってメギドラルを侵犯するようになった。

これが、夢見の者の視点から語られるメギドラル史の物語である。

 

言葉と社会ーー経験を伝える手段と、伝えるべき相手ーーを得たメギドたちは、歴史を紡ぎ始める。

言語を得たアルスノヴァはーー当時はまだアルスノヴァと名乗っていなかったがーー周囲のメギドたちに超存在化を説き、賛同した者たちの多くは超存在化に成功した。エルダーという呼称は最長命のメギドでるアルスノヴァ一人を指すものであったが、次第に超存在全般を指すようになり、代わってアルスノヴァはアルスノヴァという名を使うようになった。超存在化したメギドたちは、そうでない者をアンダーメギド(メギド未満)と呼ぶようになった。今でこそ超存在はエルダー、それ以外がメギドという単語運用がされているが、エルダーたちも自意識としてはメギドであり、超存在化していない者はそれ未満だと感じているという。

当時の(アンダー)メギドはほとんどが獣同然の暮らしをしていた。それゆえ、社会の成立と発展はエルダー(彼ら自身の自認としてはメギド)の手によりなされた。蛆に対する継戦能力を維持する基盤として社会が要請された。

社会の発展はメギドを強くした。しかし、そこに回復不能なまでの打撃を与えたのがハルマとの間の古代大戦である。戦争による疲弊は大きく、エルダーは数を大幅に減らし、社会は衰退した。一方で蛆は着実に知識と思考能力を積み上げ、強くなっていた。古代大戦は蛆との戦いを前にするとあまりにも益のない無駄な消耗であったが、それでもエルダーたちは、自分たちのあり方に大きな影響を与えたヴァイガルドの真実に強い怒りを感じてしまったのだという。ヴァイガルドは、蛆に敗北した後のメギドラルの有様を予言していた。エルダーは言葉を濁したが、かつてハルマはヴィータから力を奪い、短命で脆弱、かつ一定以上の文明を得ると急速に滅亡に進み、そして滅亡の度に生き直させる種として管理している。蛆がメギドラルに対して抱く野望は、その構図を参考にしている。生きる喜びを教えてくれたヴァイガルドがハルマの管理と搾取に晒されていることは、エルダーたちには耐え難かったのだという。

しかし、古代大戦はメギドラルを衰退させた。エルダーは異世界の事情に踏み込んで自ら滅びに近づいたことを反省し、二度と手を出すまいと誓った。

古代戦争はまた、非エルダーのメギドたちを文明化した。大きな戦争に熱狂した彼らは、積極的に知能や技術を向上させたのだ。中でも知能の高い個体はアバドンなどの兵器をも制作した。非エルダーのメギドが言語を獲得したのもこの頃で、戦場となったヴァイガルドで使われていた言語を取り入れる形をとった。非エルダーのメギドたちの歴史は間違いなくここから始まっている。

ヴァイガルドを滅ぼしかけたところで、ようやくハルマとメギド(エルダー)は講和し、護界憲章などを共同制作した。

古代戦争の高揚は、非エルダーのメギドたちに渇望を教えた。戦争に飢えながらも戦うべき相手を失った彼らは、メギド同士で相争い、フォトンを浪費してメギドラルの大地をより一層痩せさせてゆく。

古代戦争によって壊滅状態にまで数を減らしたエルダーは、非エルダーメギドがメギドラルを破滅に導こうとしていることを憂い、大きな決断をする。メギドラルの社会を非エルダーメギドに譲り渡し、自分たちは文明の中心から退くことにしたのだ。

大戦前と比べれば知恵をつけてはいたものの、未だアルスノヴァをして「獣同然」と言わしめるほど愚かであった非エルダーメギドたちを社会の中心に立たせることは大変困難であった。そこで、とあるエルダーが「大いなる意志」を発明し、非エルダーメギドたちに与えた。それは彼らに強烈な影響を及ぼし、野放図であった社会は管理された戦争社会になった。個を尊重しつつも全体として目指すものを提示し共有し、戦争の結果を評価するシステムによって、非エルダーメギドたちの社会は劇的に成熟した。

「大いなる意志」をメギドたちの社会化の手段と捉え、既にメギドたちは自力で社会を運営できていることからそれはもう不要だとの理由により、アルスノヴァは「意志」の破壊について楽観的な立場を取っていた。しかし、ソロモンはこれに異を唱える。いつかメギドたちはエルダー化せずとも「蛆」との戦いに勝つだろう、そして「意志」には戦いに臨む未来の希望が宿っていたとソロモンは言った。

改造覚悟でベルゼブフの持つ「大いなる意志」の複製を奪うしかないのかと眉根を寄せる一行に、アルスノヴァが一つ助言をする。議事フォトンのアーカイヴがあれば、改造を施された「大いなる意志」を正常な状態に戻せるかもしれないとのことだ。その議事フォトンは単回の統一議会の結果を記録したものではなく、全ての議会の結果と議決に至るプロセスを蓄積したものである。すなわち、「大いなる意志」自身のための議事録であり、議論プロセスの状態が正常かをチェックするためのなのである。それがあるかもしれないのは、今や放棄されて久しい「旧議会場」だ。バックアップ用議事フォトンは統一議会の度に最新版が作られることから、古いバージョンのアーカイブならばレジェ・クシオ議会場に移送されることなく旧議会場に残っているかもしれない。そして旧議会場の設備が破壊を免れていれば、その議事フォトンは霧散せず残っているかもしれない。数百年分のギャップはあるが、それでもこの議事フォトンをベルゼブフの持つ「もう一つの大いなる意思」に取り込ませることができれば、システムの自己チェック機能が働いて「意思」がまともに戻るかもしれない。

それを聞いたメギド72は、次なる目的地を旧議会場に定めた。

なお、実体を移送できるゲートは当時まだ存在しなかった。ゲートは召喚に似た技術であるという。

また、アンチャーターは制作経緯や理由がやや不明である。非エルダーのメギドが、こっそりと護界憲章に用いられた技術を盗んで開発したのだという。

 

フライナイツのレオナールもまた、情緒不安定なメギドである。彼は他者から観測されることでようやく自我を認識し、ヴィータ体を正しく構築できる。そのため彼は周囲の者に執拗に自分を見るよう求め、「整っているか」と尋ねる。

今もまた、レオナールは偶然行き合ったプロセルピナに自分を見るよう迫っては邪険にされていた。彼はプロセルピナのお座なりなまなざしでは満足できず、自分には「観測ちゃん」(=メギドラル時代のティアマト)が必要なのだと訴える。

レオナールはプロセルピナに懲罰局が壊滅したことやガギゾンが賭けペリビットでメギド72に移籍したことを教えた。

ハルマ戦にて標的にしていたカマエルを掻っ攫われたことに憤るプロセルピナ、「観測ちゃん」を奪われたことを恨み、「観測ちゃん」を奪い返すとともに懲罰局崩壊のきっかけを作ったガギゾン討伐の戦果を作ってベルゼブフに評価されようと考えるレオナール。認知の少し歪んだメギドとかなり歪んだメギドはメギド72の居場所を目指すことにした。最終的にはベルゼブフの元に集い、八魔星に代わる新たな有力者同盟を作ろうと展望を語る。

レオナールの異様な執着のもたらす勘は、メギド72を待ち伏せるべき場所は「旧議会場」であることを二名に教えた。

 

メルクリウスで旧議会場に到着するメギド72。そこはかつてアイムが怒りのままに破壊し、放棄されてのち火山噴火にも巻き込まれ、荒廃し風化するがままになって久しい。アイムの破壊ぶりに思いを馳せ、ソロモンは密かに彼女への見方を変えていた。

ソロモン、セーレ、アイム、アスモデウス、ティアマト、ベリアル、パイモンはまつろわぬ者対策として仕掛けられた罠を超え廃墟を進む。その後をレオナール及びプロセルピナがこっそりと追っていた。二名ははじめこそソロモンたちの撃破という戦果を狙っていたが、メギド72の強さを目にしてからは、幻獣をけしかけて疲労を誘いながら彼らの探す宝を横取りする方に目的を挿げ替えていた。

不審な視線を察知したティアマトの手柄で、ソロモンらはレオナールたちを発見する。と同時に、ソロモンも議事フォトンを発見した。敵との邂逅のタイミングで議事フォトンを手にしてしまったことから、一行はーーティアマトに忘れられて打ちひしがれるレオナールはともかくーープロセルピナとの戦闘にもつれ込むことになる。しかし、戦いのさなかに始まった地震のため、両者は戸惑いながらも一時休戦することにした。

一方その頃、メルクリウスに待機する者たちは焦っていた。オセとオリアスが火山噴火を予言したのだ。メギドラルの火山噴火はフォトンを含んだ溶岩の活動に地盤が耐えられなくなった瞬間突発的に起こるものであり、山自身も含め辺り一帯が吹き飛ぶほどに破壊的な現象である。

慌てて走るソロモンたちの前に、絶好のタイミングでメルクリウスが到着する。土壇場でプロセルピナとレオナールも一緒になり、どうにか船に乗り込む一行。急加速ののち、無事全員火山噴火の餌食となることを免れた。

多少の押し問答ののち船を降りるプロセルピナとレオナール。幸い、どさくさを経て議事フォトンを奪う気は失せたらしい。また、ガギゾンはティアマトがレオナールのこともガギゾン自身のことも覚えていないことに驚いていた。そもそもメギドラル時代の彼女は言葉も話さずヴィータ体も取らず、ただひたすらに執着した対象を見続けるだけの生態をとるメギドであった。ガギゾンはエウリノームと話し合い、ティアマトの変貌と記憶喪失は恐らく「デミウルゴス」なるメギドによる実験の影響だろうと結論づけた。そして、デミウルゴスとソロモンとは遠からずぶつかるだろうと予測する。

ソロモンたちは再びエルダーのもとを目指すことにする。

 

単身メギドラルを訪れていたグリマルキンは、現地で友軍の猫たちを得、彼らに物語を語る。これもまた、猫たちの視点から語られるメギドラル史である。

数百年前、一匹の猫がヴァイガルドからメギドラルに迷い込んだ。飢え死にしかけていたそれを助けたのが滞在同盟時代のベルゼブフであり、助けられた猫はベルゼブフが思い入れを持つ唯一の猫となる。彼らは互いに深く干渉はせず、拒みもせず、共生していた。

その純ヴァイガルド産猫の子孫が、グリマルキンの母猫である。グリマルキンは、猫の胎児に宿った幻獣に更に重なるようにして発生した。なり損ないを経ずに発生した稀有なメギドである。グリマルキンは母猫を殺すまいと体を必死で縮めたが、悲しいことにメギドの出産に母猫は耐えられず死んでしまった。父猫は生まれたばかりのグリマルキンに優しく接し、以来、長い間グリマルキンは彼を「猫師匠」と呼び慕っている。ヴァイガルドに亡命してからは、何故か猫師匠はヴィータの姿を取るようになったが、グリマルキンは特に気にしていない。

グリマルキンはベルゼブフに先祖の恩を感じているわけだが、しかし猫の性質上恩義に忠実に報いるわけではない。とはいえ、ヴァイガルドに黒い猫を潜入させヴィータを扇動しソロモンを貶めたような戦術、それをしていたのが偽物のベルゼブフであるのならば、話は別だ。ベルゼブフと先祖猫との間にあった損得の差し挟まれない交流を毀損する侮辱であり、グリマルキンの戦争の理由になるのである。グリマルキンはベルゼブフの偽物を倒す戦いを志している。

その時火山の噴火が発生し、猫たちは必死に逃げる。

 

自分たちの今後を憂いながら歩いていたプロセルピナとレオナールは、蘇ったリバイバイルに偶然遭遇した。一つ前の生の記憶を残していたリバイバイルにプロセルピナは興奮し、ベルゼブフであれサタンであれいずれかの陣営の研究機関に預けることで大発見に貢献し功績を得られると考える。いずれの陣営につくかは保留にしつつ、リバイバルは再びプロセルピナと行動を共にすることになった。

その後ろで、幻影のような影が彼らを見ていた。影は「『ユガミ』を見つけた、母なるものに伝えなきゃ」と呟き消えた。

 

#111

「大いなる意志」を通した議会の設立により社会の運営者の立場を譲り渡された非エルダーメギドたちは、しかしその無防備さゆえに、社会への蛆の干渉を許してしまう。メギドラル社会が侵略されていることと蛆が戦略的に動き始めたこととに衝撃を受けたエルダーは急遽社会体制を自分たちの手に取り返した。その中心にアルスノヴァがいたことから、マグナ・レギオの前の体制はアルス・ノヴァ体制と呼ばれる。エルダーが主導する社会は、大罪同盟の反乱により崩壊するまでの長きに渡り安定していた。

ハルマとの休戦後不干渉となったヴァイガルドを懐かしんだエルダーらは、ヴァイガルドの文化をメギドラルで再現し楽しんでいた。これが「ビルドバロック」の文化である。この文化圏の中では、エルダーと非エルダーメギドは極めて有効的であった。しかしこの文化に共感せず、かつ蛆の操作も手伝い、退廃的だと批判する者もあった。

メギドは「雰囲気」あるいは「形を与えられた潜在的な願望」で動きやすい存在である。すなわち一個体一種族の意識が反転して、他種族である別のメギドさえもが共有した認識、社会全体の共感したことは極めて好意的かつ無批判に受け入れ熱狂してしまう傾向がある。それは例えばハルマゲドンである。

それゆえ、ビルドバロック批判は多くの非エルダーメギドを巻き込む大きな波へと成長してゆく。その背後には、わけもわからぬままエルダーに体制を取り上げられたことへの不満もあったのだろう。非エルダーメギドたちは古代大戦時代のメギドのあり方を理想視し、「古き良きメギド」を目指す原始回帰の風潮を持つようになった。そして当時最も勢いのあった大罪同盟が多くの非エルダーメギドたちの支持を集め、アルス・ノヴァ体制を転覆せしむるにいたった。

アルスノヴァに言わせれば、彼らの言う理想的な「古き良きメギド」とは、古代大戦時代の非エルダーメギドとエルダーの活躍を都合良く継ぎ接ぎした幻想だ。しかしソロモンは、(ヴィータからしたら背筋の凍るような文化だが)幻想であろうとひとつの理想を自分たちで抱くようになったのなら、それこそメギド自身の文化だろうと心中で反駁した。

アルスノヴァから見て、現マグナ・レギオ体制は蛆の体制である。蛆がメギドたちに干渉する手段を得て、そうと気付かれないまま誘導し運用する体制なのだ。アルスノヴァにとっては、マグナ・レギオの一員であるメギドが造る体制は等しく警戒対象である。そのため、体制確立に有用な「大いなる意志」がマグナ・レギオ所属メギド、とりわけ明らかに蛆についているベルゼブフの手に渡るのは、エルダーの発明品を悪用して蛆を利することに直結し、面白くない。本当なら破壊したかったが、「意志」に希望を見出すソロモンに配慮し、デバッグの術を教えたのだという。

とはいえ、「外」から侵略してくる蛆に対して「内」にある「大いなる意志」が機能している限りメギドが完全に蛆に支配されることはないらしい。

ここまで話し終え、ようやくエルダー・アルスノヴァはソロモンに本来の用向きを話す。それは、メギドラルに実態を得た母なる白き妖蛆を倒してほしいとの依頼であった。実体化した母なる白き妖蛆を倒したところで、存在自体を滅ぼすことにはならないというのがエルダー・アルスノヴァの目算だ。実体は母なる白き妖蛆の存在の一部分に過ぎず、今はたまたま主観の在り処をそこに置いているだけだ。母なる白き妖蛆の存在はその内面世界そのものであり、蛆を滅ぼすにはメギドラルの外にある世界そのものを滅ぼさねばならない。このような戦いにエルダー・アルスノヴァ自身が望むことは、勝利の見込みは少なく戦力を読まれたりあまつさえ殺されたりするリスクばかりがある。そのため、ソロモンにこの役割を依頼したというのだ。その内情を知った上で、ソロモンは依頼に快諾した。

 

かつてベルゼブフは、己の思い描く「新世界」のことをサタンに話して聞かせたことがあった。彼の言う「新世界」とは従来と常識を異にする世界のことであり、その点において物理的な場所は問わない。ベルゼブフの語る新世界では、メギドは皆ヴィータ体を取って生存のためのフォトンを節約する。そして浮いたフォトンを、懐柔のため幻獣に与える。度を超えた量のフォトンを欲した幻獣は殺し、かくして幻獣を飼い慣らし、管理し、同じ世界での共存を図るのだという。メギドの発生が幻獣を前提にしていることを踏まえれば、幻獣との共存がメギド自身の存続のためにも最適解といえるのだ。幻獣の駆逐から、自分たち自身の存続に大目的の切り替わった世界は、これまでの常識を覆した新しい世界である。

自身と世界に抑制を与え存続してゆくこの思想について聞くと、アスモデウスはベルゼブフが己の個を変えることで世界との関係性を革新しようとしていると表現した。そして一つの個が自我の赴くままに力を振るうことで世界を変えるという歴史観を持つ自分とは真逆であり、面白いと言った。

 

ベルゼブフが議会の者たちの勧誘に動いていると見たサタンは軍勢を分け、ベルゼブフ麾下の各勢力に攻撃を仕掛け始めた。しかし戦力の分散の隙を逆につかれ、サタンのいる本隊に奇襲を受けてしまう。議会の者たちの前に姿を現したベルゼブフは偽物であり、議会の者の勧誘とサタンの戦闘行動の誘発のためのブラフを兼ねた作戦だったのだ。本物はその頃サタン軍の近くに身を潜めていた。

戦場で相対するサタンとベルゼブフ。「新世界」へのサタンの参加を心待ちにしている、そう言ったのは偽りであったかと問うサタンに、ベルゼブフはそれは本心であり、しかしサタンがそうしないことも分かっていたから刃を向けたのだと答えた。かつて聞かされた「新世界」とは似ても似つかぬ、大いなるバビロンの向こうの世界と、それを唱えたベルゼブフ。特別な相手の中身に決定的に異質なものが混ざっていることへ怒りを顕にし、サタンもまた武器を構えた。

サタンの視線はベルゼブフにとっての外なる自己、すなわちベルゼブフを最も正確に観測し、そこに発生している変化、差異を示す鏡よりもより鏡のような存在であると言う。主観でしか存在し得ない自我を最も信頼する、真に対等な相手に預け補完し合う関係こそベルゼブフの最も求めるところのものであるという。

「精神は内にしかない」「世界は外にしかない」自我と世界の断絶を繋ぐことこそ特別な関係性の持つ特権なのだという。そして自我が世界と繋がった時はじめて自分が世界にあることの意味が生まれる。

他者の眼差しを通して自己を形作り、その営みによって自分と世界との接点を得る。それを真に対等で信頼する者との間で相互に行う。これは確かに自分の知るベルゼブフの思想だとサタンは言う。戦争ではない方法でなぜそれを追い求めないのかとサタンが問うと、ベルゼブフはおもむろに精神に揺らぎを生ぜしめはじめた。それでも言語能力を持ち直すと、彼は話を続ける。ベルゼブフは「別の方法」を見つけたのだという。そしてその「別の方法」を実行しようとするベルゼブフは既にサタンの知るベルゼブフではない。この変わってしまった後のベルゼブフ、彼自身の自称においても「私´」は「目的が人格化した存在」だという。

ベルゼブフは意識の中で母なる白き妖蛆に何兆回と殺され、屈服を余儀なくされた。不本意に大罪同盟何よりサタンと争ううち、蛆の支配する未来のメギドラル、メギドがヴィータ同然に貶められ幻獣が闊歩する世界で、で一つの肉体にサタンと己二人分の魂を入れてしまえばーー己の内側に内面世界を作り、そこでサタンと暮らせばいいのではないかとの発想にいたる。これが、ベルゼブフのいう「もう一つの方法」であり、これを実現しようとする主体が「目的が人格化した」「私´」である。自問自答の末に勝利したのは「私´」すなわち蛆に協力しながら、己の内面世界でサタンと共にあろうとする意識であった。本来のベルゼブフの意識は蛆に協力しメギドを滅亡に導くことを嫌ったが、意識の主導権を握る力は彼に残されていなかった。

戦いが煮詰まった頃、サタンは秘策を出す。ソロモンである。時期尚早の気はあるとはいえ、これを逃せば自身とベルゼブフいずれかの死しか結末の選択肢はないと判断したのだ。死力を尽くし、サタンのソロモン王はベルゼブフの召喚を試みる。不純物の混ざった「ベルゼブフ」から、サタンのよく知る本来のベルゼブフの魂のみを召喚によって取り出そうというのだ。それはベルゼブフにとって救いであるはずだが、しかし「私´」としてのベルゼブフは、内なる新世界構想に拘泥しその召喚をはねのけようと絶叫した。

ところがその時、ふいに召喚の力が阻害される。メギドラルに残ったハルマのジャミングである。膝をついたソロモン王の前で、サタンとベルゼブフが再び刃を交える。そしてついに、二名は刺し違え共に地面に崩れ落ちた。相討ちであり、それこそがベルゼブフ´の狙いであった。

ヴィータ体で最後まで戦ってくれたことへの感謝を述べ、新世界にゆこうとベルゼブフ´はサタンに語りかける。そこにはサタンの知るベルゼブフがいるのだという。瀕死の状態でベルゼブフ´は「大いなる意志」を取り出す。それこそが、ベルゼブフ´がサタンと共に精神世界に旅立つための手段であった。

実のところ、意思疎通が難しくなった時点でベルゼブフ´は母なる白き妖蛆からほとんど見放されていた。母なる白き妖蛆は既に十分に力をつけ、実体も得て、ベルゼブフ´や「大いなる意思」無しでも十分に大いなるバビロン計画を実行に移せるのだ。既にベルゼブフ´は用済みであった。放ったらかされていたベルゼブフ´は偶然にーー妄戦ちゃんの介入によりーー意識を取り戻し、新体制樹立のためと偽って「大いなる意思」を携え、サタンに挑み、そして彼ともども、死により魂だけになって混ざり合いながら「大いなる意思」の中に取り込まれて行った。二名を取り込んだ「大いなる意思」は、ベルゼブフ´の用意した幻獣に運ばれていずこかへと消えた。

フォルネウスはくず折れるメギドラルのソロモン王を奮い立たせ、生き延び足掻くためにまずはリヴァイアサンやマモンがまとめている隊への合流を目指すよう諭す。また戦いを偵察していたサルガタナスとハヤイカは、この大事件を伝えるべくソロモンのいる本隊へ急いだ。

 

ベルゼブフへの対抗のためアバドンの奪取を目指していたマモンとリヴァイアサンの小隊は、おびただしい数の幻獣がアバドンに群がるのを見て呆然としていた。二名は瞬時に勝てないことを悟り、アバドン奪取を諦め撤退する。また、ハヤイカは偵察のため近くにいたサルガタナスへの接触を命じられた。サルガタナスを通じて、ソロモンに戦闘への参加を呼びかけるのが目的だ。大量の幻獣を意のままに操れる存在など蛆をおいて他にはおらず、蛆が戦闘に直接介入しはじめたとしたら、それはソロモンの戦争に直結するのだ。

レジェ・クシオを逃れ隠れ住んでいた面々ーーアルマロス、アモン、アロケル、イポス、ウァレフォル、オリエンス、ダゴンチェルノボグ、プルソン、ロノウェもまた、情勢を読み行動を開始する。彼らは不利を覚悟でサタンにつくことを決断した。

アルマロス配下のゲストレイスとウァレフォルは、分散してしまった8魔星のいずれかに合流し、共に戦力再集合を目指す。ロノウェは先程(109話)偽のベルゼブフが勧誘に訪れた際、後を追って隠れ家を出ているが、この偵察行動は継続させることにする。偽物を引き込む見込みがあるのなら、そちらを自分たちで擁立し旗頭とできるとのアルマロスの判断である。

 

再び「脳消し大陸」を訪れたソロモンたちは、エルダー・アルスノヴァとの対話の合間に幻獣討伐を依頼された。それは幻獣とは言いつつエルダーにも大幻獣にもならなかった存在で、メギドばかりを襲う上に他の幻獣たちから英雄視されているため危険なのだという。フィロタヌスに連れられた幼いメギドたちや、またオロバスなども船を離れて「脳消し大陸」を散策していたため、不用意に当該幻獣に遭遇する懸念もある。討伐隊にはブネやグレモリーが参加した。オロバスはソロモンたちが旧議会場を探査していた間単身エルダー・アルスノヴァに会いにゆき、「極めて個人的なこと」を聞き、そして珍しく悩んでいたらしい。

オロバスはエルダー・アルスノヴァに、自分がエルダーに呼ばれたのか尋ねに赴いていた。エルダー・アルスノヴァはあくまで推測であると断った上で、オロバスがエルダーに呼ばれた可能性を否定した。もしオロバスが、研究という営みそれ自体を目的化し、目的なき研究という生の寄り道に明け暮れて生を浪費するのであれば、自分は失望するとエルダー・アルスノヴァは言う。自らの研究は浪費ではないとオロバスがきっぱり否定すると、エルダー・アルスノヴァはオロバスの中の矛盾を指摘してみせた。自身の研究が本当に目的なき無為な寄り道でないのであれば、オロバス自身も気付かない目的があるはずだと言う。それはオロバスがかつて持ち、しかし忘れてしまったものかもしれない。エルダー・アルスノヴァの目にオロバスは、妥当蛆という目的を顧みないという意味でエルダーには程遠く、しかしエルダーと同じく一つの目的に純化した存在として映るのだという。オロバス自身もそうと分からぬまま、その未だ得ぬ、あるいは失われた目的、研究テーマの手がかりを求めて自身のもとを訪れたのではないかとエルダー・アルスノヴァは指摘した。

エルダー・アルスノヴァの指摘にオロバスは天啓を得、それを肯定した。己が真に知るべきことは何なのだろうと、彼は迷いの小道に分け入ってゆく。

物思いに耽りながら脳消し大陸の海岸を歩くオロバスは、偶然通りがかったバラキエルに問われ、髑髏の仮面は自分の生き様なのだと答えた。そしてバラキエルが「最強」を求める営みも、戦争も愛も料理も、自身の研究と同じく、自己の求める本質を観測するための手段であり、生のテーマであると話して聞かせる。かつ自我とは、この本質の各々が探索のために持っている方法論が意識化したものであるという。次第にオロバスの思索は目の前のバラキエルの存在を忘れ、もしかしたらこれまで何人も辿り着いたことがないかもしれない本質(何のだろう)を見つけるためにはどこに研究の対象を定めるべきかという具体的な方法論を案じ始めた。そして何気ないやり取りの中で、幻獣が目的や役割を持って組織的に動くことがあることに引っかかりを感じる。それは彼らが生命だからであるが、では、「生命とは」そして「フォトンとは」。オロバスは思考の中に深く沈んでゆく。幻獣に追われ喧騒の中で、オロバスはひとつの閃きを得る。すべての問題はフォトンであり、それが生命に影響する理由こそ彼が追うべき問題である。

 

メルクリウスのキャンプではエウリノームがアムドゥスキアスから、半身と合体していた時の彼女の内面の相剋について聞き、考察を深めていた。ベルゼブフの内面の分裂状態の解消のための参考になりそうだとのことである。エウリノーム曰く、魂と自我はイコールではない。魂とは己という存在をこの世界に繋ぎ留めておくための座標である。自我とは、感覚器官から得られた情報に対する反応の蓄積であり、後天的に獲得するものである。それがなくとも存在の存続自体に直接の影響は及ぼさず、実際赤ん坊などは自我の有無は曖昧である。ゆえに裏を返せば、一つの魂に二つの自我を付与することも可能であり、その例が今のベルゼブフだ。

もう一人の自分の自我を見送った経験のあるアムドゥスキアスは、ベルゼブフの内面の相剋を想像し助けたいと願い、しかし自我を一つにするということはいずれかの自我を否定することなのだと懊悩する。いずれにしてもどのような状態が「正しい」のかなど他者が決められるものではなく、本人だけが自分にとってもっとも良い状態を判断する権利を持つ。但しアムドゥスキアスにとってのプルソンのように、誰かが何らかの状態を願い、外から手を差し伸べてくれることはあるだろう。

 

ソロモンはエルダー・アルスノヴァに依頼された大幻獣討伐を成功させ、同時にフィロタヌスらやオロバスらの回収も果たしてメルクリウスのキャンプに帰投していた。そこに伝令の役を負ったサルガタナスとハヤイカが現れ、ベルゼブフとサタンの相討ち、「大いなる意志」による二者の魂の取り込み、及び幻獣による「意志」の持ち去りを伝えた。ベルゼブフは自身の個人的な目的のために「大いなる意志」を奪ったという事実は、多少の驚きを一行にもたらした。

二大勢力の脱落は、すなわちメギドラルの混乱の助長に直結する。ソロモンはエルダー・アルスノヴァが、このままではメギドラルは蛆に負けると言っていたことを思い出しながら、同じ言葉を繰り返した。

実体化した母なる白き妖蛆を倒すことは、カトルスと蛆との抗争の戦況を押し返す程度の意味しか持たない。しかし実体化した蛆を放置しておけば、混乱のさなかにあるメギドたちは容易にその干渉を受ける。メギドたちは無力化され、知恵のある幻獣として蛆に使役される存在になってしまうだろう。

既にメギドたちは、蛆の間接的な影響力の下にあるマグナ・レギオ体制の中で、自分たちの本質が競争と闘争にあると信じ込まされてしまっている。ここにほんの少しのルール、すなわち蛆に従っていれば滅亡を回避して生存可能な最低限のフォトンを得られることを学習すれば、メギドたちは蛆の奴隷に成り下がるだろう。そうなってしまえば、フォトンの枯渇の蛆による切り捨て、そして世界の滅亡までの道のりは一直線だ。

暗澹とするメギド72の一同。そこに、ブリフォーが風穴を開けるような意見を発する。二大勢力が倒れた今、ソロモンこそが指導的立場を目指すチャンスだというのだ。メギドたちは沸き立ち、ソロモンに発破をかける。ソロモンはそれを大まかには肯定しつつも、新体制樹立後社会を健全な状態でーー蛆の干渉を抑えてーー運営するには、やはり議会と「大いなる意思」が必要だと説いた。

 

キャンプから少し離れたところで、サレオスとヒュトギン、サタナイルが密談を交わしていた。以前ネフィリムがペクスのキノミを保護した際、それを援助しつつペクスの存在を伏せることにした面々だ(イベントストーリー「守りたいのはその笑顔」)。「借り腹」、「牧場」、などの単語が飛び交う。サレオスやヒュトギン曰く、人形のメギド体から察するに少なくともボティス、エリゴス、セーレ、インキュバスサキュバスなどは「借り腹」により発生したメギドと推測できる。ハルマの不自然な撤退の裏にペクスの戦地投入があることを三名は見抜き、この機にソロモンにペクスの存在について説明すべきではないかと話す。あわよくばペクス牧場を潰すことも可能かもしれない。ただしそれはメギドの発生にも影響を及ぼす上、議会さえも不可侵の存在とする牧場関係の最上級指導者、デミウルゴスを敵に回すことになるだろう。

 

ガギゾンは一人ベルゼブフについて思案していた。彼は二つの人格を身の内に持っており、それらは肉体にある限りにおいては徐々に分離してゆくが、「白き世界」では混ざり合い混乱した状態になる。完全に2つの人格が分離した状態では、主導権を握っている方のベルゼブフ´が目的を実行するだろう。それを止めるためにか、あるいは混乱状態を利用して母なる白き妖蛆に思考を読まれないようにするためにか、本来のベルゼブフは自我を自覚できる程度に人格の分離が進む度「白き世界」に飛び込むようにしていた。ガギゾンは、偶然その営みに居合わせ巻き込まれることで、本来のベルゼブフの意識を観測したことがある。ゆえに彼は、ベルゼブフに手を差し伸べることが可能な立場にある(?)。

 

発進したメルクリウスの上で、エウリノームはソロモンに別れを告げた。ベルゼブフの友人としてベルゼブフ陣営に参加するのだという。自分たちと敵対することやメギドラルのためにならないことを理由に反対するソロモンをエウリノームは一笑に付し、自身の心境を語った。ソロモンやメギドたち、世界や蛆、あらゆるものと関わりを持つことが今の自分はたまらなく楽しいのだという。敵としての関わり方も、複雑に絡み合う世界における関係性の一つに過ぎず、ゆえに否定する必要はない。そう言って、エウリノームは飛び去っていった。

 

#112

サタンとベルゼブフが脱落しても、両陣営のメギドたちは開かれた戦端のままに激突していた。戦場に幻獣の姿は少なく、アバドンを守っていた大群も参戦していない。幻獣を操る何者かーー母なる白き妖蛆か、その陣営の者ーーが何らかの理由から幻獣を引かせていると思われる。メギド同士がぶつかり合い徒に被害を出す虚しい戦争に眉根を寄せるマモン、リヴァイアサン、ベルフェゴール、バールベリト及びフォルネウスに、“脳筋参謀”ムボーダンが作戦を提案する。各自がレジェ・クシオを目指してベルゼフフ陣営の包囲を突破し、レジェ・クシオに駐留するハルマとぶつかることでなし崩しにメギドラル両陣営の共闘に持ち込むというものだ。

そこへメルクリウスも到着し、メギド72が華々しく参戦した。サタン陣営の本隊はマモンを先頭にレジェ・クシオを目指して包囲網の突破を試み、メギド72は逆に包囲網の中心に布陣し敵の混乱を誘うことで、マモンらの背後を守り進軍を援護する。ついにメギドラルの戦場に集結したフォルマウス4冥王もソロモンらと共に布陣し、共闘の日が来たことを喜んだ。罵美優蛇は前後に広がって戦場に厚みを作り、先陣を切るマモンたちと殿を務めるソロモンらとの間の分断を防ぐように布陣した。一般的には大きくに広がる陣形は戦力の密度を下げ消耗を激しくするが、包囲網突破戦、かつ敵味方の戦力差がほぼ無い現状では、包囲する側の方が戦力の密度が低い。そのため、突破を試みるサタン陣営が多少広がっても問題はないという判断である。

メギド72はマモンらの援護を兼ねつつ、派手な戦闘を行うことでもう一つの狙いも果たそうとしていた。すなわち、戦力の均衡を崩す最大要因として振る舞うことで、戦況の膠着を誘導している何者かーー蛆、またはその息のかかったものーーを誘い出し倒そうというのである。ただし、派手な動きは見せたいもののいたずらにメギドを殺しメギド全体の力を消耗させたくはない。また、戦場で目立って多くの敵の目を引きつけるのはいいが、その結果メギド72から犠牲者を出すことも避けたい。

急に意識を失ったサタナキアに代わり、偶然近くにいた脳筋参謀ムボーダンがソロモンに献策する。幻獣を選んで倒すべしというのがその内容である。メギド同士が戦果を争う場となっているこの戦場で、ごく少数ながらも幻獣が混ざっていることは奇妙である。であればこれらの幻獣は、戦況のコントロールを試みている何者かの耳目となって情報を収集するためのものと思われる。メギドたちは強いものとの戦いを求めるから、幻獣を相手取るソロモンたちのことも、まして幻獣のことも意に介さない。よってソロモンは安全かつ効率的に、見つけ出すべき何者かだけを刺激することができるのである。

 

メギドラルのソロモン王は、メギド72参戦の報を受け、フォルネウスが取られるのではないかと焦り戦場を一人駆けていた。

一方、フォルネウスは戦場の只中でソロモンに邂逅する。両者は再会を喜びあった。そこにメギドラルのソロモン王も追いつき、二人のソロモン王は共闘を決めた。

戦場を駆けるソロモン王たちの後ろでサレオスはこっそりと、メギド72のソロモン王に人間牧場のことをどう伝えたらよいか、脳筋参謀ムボーダンに相談を持ちかける。脳筋参謀はレジェ・クシオにある人間牧場跡地を見せることを提案した。既に廃止された施設ならばショックは幾分かやわらぎ、しかしありのままのメギドの所業の痕跡を見せても崩れないだけの信頼関係が軍団メギド72にはあるだろうというのが彼女の談である。

 

バラムは、ソロモンをメギドラルの覇者にすることには懐疑的である。ヴァイガルドの者をメギドラルの王にすることは侵略的な意味合いを持つためである。ソロモンの思想もあくまでヴィータであり、メギドのそれとは性質を異にしていることも、メギドラルの支配者としては馴染まない。

 

戦場を眺める母なる白き妖蛆(実体化)は、既に戦争への興味を失っていた。元の作戦ではベルゼブフ(偽物)をサタン陣営に殺させ、メギドラルを二分するしこりを作ることで社会の動乱を続けさせる予定だったが、ベルゼブフ(偽物)の到着の遅れによりそれも滞っている。

しかしメギドたちの意識を奪う「眠り姫」なるものの動きに気付き、蛆は焦りを見せる。また、「歪み」なるものの手掛かりを得たとも呟いていた。

 

メギド72のうちセーレをはじめとする子供の姿の追放メギドなどの非戦闘員はフォカロル・フォラス・フィロタヌス・ウコバク・デカラビアの引率によりメルクリウスで戦場を離脱した。また、近くにいた子育て旅団の同乗も受け入れた。その中には、戦場の緊張故にか急に気を失う子もいるらしい。

航行を続けるうち、ふいにタムスが気を失った。デカラビアの指輪によりメルクリウスの航行は恙無く続くものの、メギドたちの間には違和感が募ってゆく。

地上の主戦場でも、急に意識を失うメギドが続出していた。どうやら、純正メギドたちが次々と倒れて行っているらしい。いつしか戦場は静まり返り、立っているのはヴィータの体を持つソロモンと追放メギドたちだけになってしまった。

そこに、ストゥムと名乗るフライナイツのメギドが接触してくる。幻獣を通じて母なる白き妖蛆と繋がっているため、意識を保てているらしい。ストゥムは「眠り姫」なるものが母なる白き妖蛆の意志に反してメギドたちの意識を奪っているのかもしれないとの推測を口にした。

その時、倒れていたメギドたちが次々と意識を取り戻す。これによりストゥムとソロモンとの休戦状態も終わりを告げ、両者は敵同士としてぶつかり合うことになった。

 

グリマルキンは「猫戦争」としてヴァイガルドの猫やメギドラルの猫幻獣を引き連れベルゼブフ(偽物)を奇襲した。奇襲は呆気なく失敗したものの、ベルゼブフ(偽物)は猫を傷つけることを禁じ、またグリマルキンを「猫の女王」として尊重する姿勢を見せた。

メギドに黒い猫の姿を取らせ戦争工作員として使うことは本物のベルゼブフとその友人であった猫先祖に対する侮辱だとグリマルキンは批判する。しかしベルゼブフ(偽物)はそれを否定し説明した。黒い猫部隊は、ベルゼブフ(偽物)が組織したわけではない。戦争で活躍しにくいメギドたちがメギドラル社会でなにか役割を果たすべく自主的にとっている行動であり、黒い猫の姿は、本物のベルゼブフと猫とのエピソードにヒントを得たものである。つまりかつて本物のベルゼブフの友人であった純正猫は、現在のメギドラル社会に影響を与えたと言うべきであり、決して物語を利用されているわけではない。また、ベルゼブフ(偽物)は猫が好きだ。

ベルゼブフ(偽物)はあくまでバビロン派としてではあるが、サタン派に降伏して戦争を終わらせる心積もりである。一旦メギドどうしの争いを収め、その上で大いなるバビロン計画を提示すれば、ハルマゲドンの厳しさを思い知ったメギドたちはこぞって賛同してくるだろうとの目算である。

グリマルキンに猫師匠(父親猫の幽霊)の声が届き、ベルゼブフ(偽物)を助けその役割を見届けよと諭す。猫を使っていたベルゼブフ(偽物)の果たそうとする役割が猫先祖の名誉を傷付けるものではないと確かめた時こそ、グリマルキンの猫戦争を終えることができる。その声に従い、グリマルキンはベルゼブフ(偽物)の後を追っていった。

 

ソロモンたちがストゥムをくだしたことで、ベルゼブフ陣営の戦意喪失は決定的になった。継戦は無意味と悟ったベルゼブフ陣営は撤退を始め、結果としてサタン陣営の勝利の形に収まる。戦意の矛先をレジェ・クシオ奪還に向かわせ陣営対立を有耶無耶にするつもりだったマモンやベルフェゴールは拍子抜けしつつも勝利を喜んだ。

 

戦後、ソロモンの元に情報が集まる。まず、イポスたちはアルマロスらレジェ・クシオ脱出組と共にあり無事であり、ウァレフォルが連絡役としてマモンらと共にいる。次に、メルクリウスはタムスの意識消失による一時制御喪失の影響で故障が発生した。よって暫くはどこかに隠し、修理する必要がある。次に、「眠り姫」についてリリスが調べた。「眠り姫」の正体はアンチャーターかもしれない。メギドを模倣しようとして失敗し眠り続けているアンチャーターがどこかに存在しているとのことである。

また、バールベリトはソロモンとの協調姿勢を明確にしつつ、「できるものならしてみろ」と挑発的に召喚を許した。

 

エウリノームは意識を失った際に白き世界へと呼び込まれ、そこで「眠り姫」に会っていた。曰く、「眠り姫」は起動した瞬間近くにいたメギドの力で眠らされ、意識を白き世界に連れ込まれた。以来、肉体はどこかで眠り続けたまま彼女は白き世界に住んでおり、また白き世界にメギドを呼ぶ力を蛆から学んだ。ベルゼブフの意識を手引きして白き世界との行き来を助けたり、蛆から彼の真の意識を匿ったりしたのも彼女である。

メギドたちの意識を奪ったのは彼女の能力である。母なる白き妖蛆が実体化により意識の主体を物質世界に移したことで、白き世界における監視が無くなった。これをチャンスと見て「眠り姫」はメギドたちを白き世界に招き、またその目的は誰かに自分の存在に気付いてもらい、助けを求めることだった。結果としてエウリノームのみが彼女の存在に気付き、こうして話をしている。

「眠り姫」の望みとは、「白き世界」から出て肉体に帰り、メギドラルで生きてみることである。そのために肉体を目覚めさせてほしいと「眠り姫」はエウリノームに依頼した。

「眠り姫」の肉体の在り処について、エウリノームには心当たりがあった。デミウルゴスの管理する人間牧場のどこかに、眠り続けているヴィータがいるらしいとの噂である。

アンチャーターが凶星になることで今や愛着あるヴァイガルドが滅ぶかもしれないこと、また「大いなる意志」に取り込まれたベルゼブフの救出を優先したいことからエウリノームは「眠り姫」の依頼について即答こそ避けた。しかし、大いなるバビロン計画を進めたいはずの母なる白き妖蛆がアンチャーターを凶星化させず隠しているのは奇妙である。何らかの理由がそこにあるのであれば、「眠り姫」の目覚めはむしろヴァイガルド防衛のための利益になる可能性も秘めている。

 

#113

レジェ・クシオ攻略作戦は続行の判断が下され、戦術として、バールベリトの砲撃が採用された。またレジェ・クシオの破壊を最小限に留めるため、ソロモンたちメギド72が斥候として潜入し、目標点の合図を送ることになった。ハルマの攻撃を受けるリスクをソロモンたちが犯す理由は、酒や物資(商品)を求めてレジェ・クシオに先行したカスピエル・メフィストインキュバス・メルコムの救出、そして(アリバイづくりとして)ハルマに撤退を促しシバの女王との関係悪化を予防することである。

身を挺して砲撃下に姿を晒しながらの撤退の交渉は成功し、ハルマの同意を獲得した。しかし同時に二つの情報がもたらされる。一つは正体不明のメギドが一名、レジェ・クシオに侵入しハルマに攻撃を行っているとのことである。そしてもう一つは、レジェ・クシオ中心部で「人間牧場」の痕跡を発見したとのことである。そこではヴィータの生活の痕跡とヴィータの身体を加工ー切断や熱による止血、縫合などーするための器具、そして干からびた状態の「なり損ない」が確認されたことから、メギド発生に関わる施設であるとの推測されるらしい。ソロモンはかつてロノウェやヒュトギンが何気なく口にした「借り腹による拒絶区画での計画的メギド発生」という話を思い出し、この施設に結びつけた。

幻獣は獣やヴィータの体を乗っ取って発生し、メギドは更にその幻獣の宿った肉体を乗っ取って発生する。よってメギドラルの誰かが特定の場所にヴィータを用意した上で、そこへ幻獣の魂を送り込むことの同意を蛆から得られれば、メギド発生場所のある程度のコントロールは可能である。そしてアルスノヴァ談話にもあった通り、マグナ・レギオは蛆寄りの体制である。そのような交渉がなされた可能性は十分に考えられる。

これに気付いたソロモンは、「借り腹」についてあまりにも何気なく話していた仲間たちにショックを受けた。そこへすかさずサレオスが、借り腹とは何かを具体的に知るメギドは少ないことを注釈したため、ソロモンは幾分か落ち着いた。サレオスも大まかなところしか知らないが、とはいえヴィータに対して陰惨な行いがされていたことは確かだという。

「借り腹」とは「人間牧場」で作られた技術だという。そして「人間牧場」はマグナ・レギオ議会の権限の外で管理されている。力によって「人間牧場」を私有したメギド、その名も“歪創主”デミウルゴスは、今やその力に加え唯一のペクス供給者として君臨しており、議会からも不可侵の令が発されている。わいそうしゅ?

サレオスがこれらのことを知ったきっかけはパイモンである。メギドラル時代のライバルであったパイモンは、「借り腹」技術確立前の「人間牧場」出身メギドであるらしい。また涙の大河にヴィータの死体が捨てられており、メギド体にその影響を受けているかもしれないサレオスに研究の依頼が来たこともあった。ただし、サレオスはこの依頼については断っている。

ハルマたちは攻撃機を放棄して撤退し、残った攻撃機は囮として、かつソロモンたちがハルマと戦っているという事実を作るため、レジェ・クシオで自動制御運転されることとなった。と、攻撃機がソロモンたちの想定から外れた動きを見せる。何かを追うようにしてレジェ・クシオ中心部方面に向かい始めたのだ。自動運転状態の攻撃機の目標は、ソロモンらのレジェ・クシオ潜入前にハルマたちが発見したというメギドだと思われる。そして攻撃機の追う先、レジェ・クシオ中心部は、件の人間牧場跡地があった場所だ。人間牧場の関係者が、ハルマの集中攻撃を受けるリスクを犯すほどに重要な目的を持って行動している可能性を察知し、ソロモンたちもそこへ向かうことにした。

謎の潜入メギドを追うものは他にもいた。ハルマのうちの一名、マサカエルである。マサカエルは脱出よりも謎の潜入メギドの目的を確認することが重要であると単独判断し、攻撃機に乗ったままレジェ・クシオ中心区画へ向かっていた。

レジェ・クシオの中心部に近付くソロモンたちの前に、ヴィータ体の姿をした大柄な何者かが姿を表す。その者はこちらがソロモン王であることを確認すると、何がおかしいのか異様な調子で大笑いし、続いて「メギドを拒絶せよ、自分の『外』にあるものを拒絶せよ、その時真の個が生まれる」とソロモン及びメギドたちに向かって強く言い放った。真の個を得た時、メギドというカトルスの叫びは形を持って完成する。メギドたちには肉体も、世界も、自我も意味も目的も必要なく、その偽りの「自分」を拒絶せねばならない。そうして生命の本質として生まれ直さない限り、メギドもソロモンも死んでいるに等しいとその者は荒々しく語った。

名を問われたその者は、自己否定を試みているにも関わらず、未だ自分という者が存在している以上、名を問われれば答えねばならないと毒づきながら、デミウルゴスの名を名乗った。

先程まで話題の中心にあったメギドの登場、その異様な様子、そして名を名乗ることが屈辱だというメギドらしからなさに戦慄するソロモンたち。しかしそこに、デミウルゴスを追跡していたマサカエルが現れる。ソロモンたちの武力排除を辞さないマサカエルに、ソロモンも応戦の態度を取らざるをえなくなった。ソロモンらに敗れたマサカエルは自爆の直前、デミウルゴスの目的は「第4界」に関係するものだとの推測を言い残した。

マサカエルの自爆後デミウルゴスに目的を問うと、ヴィータを加工する道具だとの答えが返ってきた。あっけらかんとしたその様子に、ソロモンは自分やマサカエルの勘違いを悟る。デミウルゴスの感覚は決定的にズレていて、まるでこの世界にいながらにしてこの世界を生きていないかのようだ。その結果、リスクと目的が釣り合わない。

デミウルゴスはソロモンに、借り腹を創る施設を見せようと言った。それを知った時ソロモンがいかに変容するのか、その行為と現象の創造性に興味があるのだという。引き留めようとするブネたちに、ソロモンは言う。借り腹について知った時、仲間たちが怪物に見えたのだと。仲間たちとて知らなかったことだと分かり疑心は消えたものの、それほどの衝撃をもたらす、メギドのおぞましい面を知る時近くに仲間がいることで、同じメギドである仲間たちにまで不信感や恐怖を向けるのが不安なのだ。しかしそれでも、メギドがヴィータに対して行ったことを知らないままではいられない。

 

ベルゼブフ(偽物)はエウリノームの接触を受けていた。両者とも早期の休戦を望んではいるものの、エウリノームはまずベルゼブフ(本物)を取り戻す方法を探るべきだと考え、その為の戦争状態の維持をベルゼブフ(偽物)に依頼した。ベルゼブフ(偽物)は難色を示し降伏を示唆したものの、エウリノームの強硬な反対ーー降伏後に復活するかもしれないベルゼブフ(本物)の立場を考えれば敗北の形を取るべきでないーーに遭ってこれを撤回した。しかし早期休戦によるメギド口維持と大いなるバビロン計画の加速は引き続き主張する。エウリノームは、バビロン計画については慎重な姿勢を見せた。結果として、ベルゼブフ(偽物)とエウリノームは本物のベルゼブフの救出までは戦争状態を維持することに同意し、かつ同時並行的に休戦のきっかけとなる出来事の仕込みやサタン陣営指導者との内密な休戦協議、両陣営の大多数が休戦に納得するためのパフォーマンスとしての儀礼戦争の準備について協力することとなった。かつまた、区切りとなるべき戦争として、エウリノームがソロモン及び麾下の旧大罪同盟かつ非8魔星メギドに戦争を仕掛け、これを打倒することが提案された。戦果としては華々しく、しかし休戦交渉やメギドラル政治には深く関わらない立場であることから、社会に対する影響が少ないためだ。

圧倒的な武力で一気に制圧することはかえってメギドの損失を抑えると考えたエウリノームたちは、アバドンの投入を決める。外装を塗り替えたエウリノーム専用アバドンに乗り込み、エウリノームは発進した。

 

#114

フライナイツは軍団ではない。目的集団である。かつて戦いだけを求めて誰かの戦争に首を突っ込んでは放浪していたエウリノームにベルゼブフが声をかけ、新設しようとしていたこのフライナイツの団長に誘った。断ろうとするエウリノームを引き留め、ベルゼブフはエウリノームが実のところ戦争を強く求めているわけではないこと、他にすることもないゆえ戦争に身を投じていること、彼の個は未完成で本質が空虚であること、かつまた、空虚なままでいたいがために意味ある戦争を厭うていることを言い当てた。

 

メギド72本隊はメルクリウスを隠したフォラスたちやアルマロスたちとの合流を果たし、サタン陣営と共にいた。そこではソロモンに変装したデカラビアと携帯フォトンによる偽装ソロモン作戦が試行されていた。また、バールベリトはソロモンを呼びにレシェ・クシオ内部に走り込んでいった。

 

アルマロスの命を帯びてベルゼブフ陣営の偵察に来ていたロノウェ・アロケル・プルソンはグリマルキンの姿を見つけ、その身柄をとっ捕まえてベルゼブフへの手引きを依頼した。議会の立て直しを望むアルマロスの意を受け、休戦に向けた話し合いをしたいのだ。ベルゼブフにとっても、サタン陣営指導者層からの使者は渡りに船である。

とはいえ陣営全体の繊維が高まっている今、休戦は簡単なことではない。ただしベルゼブフが偽物であることは少なくともサタン陣営には知れ渡っており、ベルゼブフ陣営に広まるのも時間の問題である。そうなってしまえばベルゼブフ(偽物)が指導的役割を果たすことは不可能になり、休戦はなお一層遠のいてしまう。なお、戦後のベルゼブフ(偽物)の処遇についてアルマロスはその個を取り戻す支援をすると言っていたが、サレオスベルゼブフ(偽物)はむしろひっそりと消えることを望んでいた。

休戦に向かうための儀礼戦争の段取りに頭を悩ませるベルゼブフ(偽物)、ロノウェ、プルソン、アロケル。その時プルソンが、ヴィータとして住んでいた頃の記憶に着想を得て、「戦争の話を逸らす」提案をする。今対立する両陣営は、いずれも具体的な新体制の構想を持っていない。それ故に戦争の落とし所が作れず、どちらかが全滅するまで戦わんばかりになっている。ゆえに、ハリボテであっても方向性のようなものを示せれば、争いは落ち着くだろう。

具体的な行動として、レジェ・クシオの前で議会を開くことを提案するようプルソンはベルゼブフ(偽物)に依頼した。そうすることでベルゼブフ陣営の攻撃の理由が、漠然とした勝利から「議会場の奪還」へとすり替わる。

攻め入ってきたベルゼブフ軍が議会場の奪還を掲げ、全てのメギドに議会への参加の機会があるべきであると訴えれば、その訴えは真っ当さ故に受け入れられざるを得ない。ましてサタン陣営の中心にいるマモンは議会を重視している。サタン陣営がベルゼブフ陣営を受け入れれば、ベルゼブフ陣営とてそれ以上戦いを続けるわけには行かない。ここで敢えて戦争を続けようとするメギドがいれば、それは社会への反逆者として両陣営から目されてしまう。

この作戦をサタン陣営に共有するためにロノウェら3人は急ぎマモンの元へ戻ることにした。また、信頼性を増すためにはベルゼブフ陣営の使者が同行するほうが良い。そこで今はベルゼブフに付き従い「猫将軍」の肩書も与えられたグリマルキンが、黒い猫数匹を連れて同行することになった。

 

デミウルゴスと共に消えたソロモンを追い、レジェ・クシオ潜入隊のブネ、バラム、シャックス、バルバトス、モラクスは「借り腹」施設跡地へ向かう。

偶然ソロモンとデミウルゴスを見かけたメフィスト・カスピエル・インキュバス・メルコムは拉致を疑い、酒を運ぶ手を止めてその後を追った。

「人間牧場」は、ビルド・バロック時代に端を発する。その頃、ヴィータ体を取ったメギド同士の繁殖行為が密かに、しかし熱狂をもって行われていた。成功に模されたヴィータ体で行う繁殖行為は、当然に子をもたらす。しかしこうして生まれた子はメギドではなくヴィータであった。ヴィータを持て余しつつ、しかしヴァイガルドに送ってやるほどの義理も持たないメギドたちは、彼らの収容施設を作った。収容施設の中では更にヴィータうしの繁殖が行われる。こうしてできた収容施設がこんにちの人間牧場の原型である。

しかし、これらのヴィータヴィータに見えてどこか決定的にヴィータではない。あくまでもヴィータという種族を模倣した存在なのである。故に彼らは、時折人の形をしていない奇妙な物体を生むことがある。ある時体の一部ができもののように膨れ上がりはじめ、そのうちにひどい痛みと出血を伴いながら分離するのだ。それは丸かったり四角かったりと、形状に法則性はなく、つるんとしていて、しかし確かに生きている。一切動かず、おそらく知性も無い。寿命は100〜200年で、寿命を迎えたそれはある日突然干からびる。これをデミウルゴスら関係者メギドたちは「ブランク」と呼んだ。「ブランク」が生まれる理由について、デミウルゴスは「不完全な模倣が世代を重ね、ついに『よくわからないもの』を生むようになる」と分析した。

「ブランク」を生むようになったヴィータは、続けざまに10体ほどそれを生み、しばらく後に死んでしまう。模倣による歪みが限界に達したのだろうか。放っておけばいずれ全てのペクスは「ブランク」を生んで死んでしまうが、彼らと「ブランク」を資源として利用するデミウルゴスは、今なおヴィータ体を取ったメギドどうしに交配させ新たなペクスを生み出している。

母なる白き妖蛆は何故かこの「ブランク」を気に入り、積極的に幻獣の魂を送り込んでくるらしい。またそれとは直接の関係はなく、デミウルゴスと母なる白き妖蛆は協力関係にあるらしい。

レジェ・クシオ(拒絶区画)は、元は「人間牧場」から始まった。100〜200年ほど前に作られた、計画的なメギドの発生のための実験施設であった「人間牧場」を中心にできた街がレジェ・クシオなのだ。メギドを脱し別の何かになるーー「メギドを拒絶する」ことから、そこは拒絶区画と呼ばれることになった。

「借り腹」とは拒絶区画の人間牧場で生み出された、肉の袋というべき姿をした生体装置であり、この中に収められた「ブランク」に生なりの幻獣を閉じ込める技術である。「ブランク」に向けて幻獣の魂が送り込まれると、発生しかけた状態で停止させ、ひたすらに待つ。その間、肉の袋には手足を切り取られたヴィータが養分タンクとして取り付けられ、使い捨てられる。

そして肉の袋の中の物体にメギドの魂が重なると発生のプロセスは再開し、メギドが生まれる。結果として、「借り腹」では100%メギドが発生する。この方法で生まれたメギドたちはヴィータに似た体を持っており、ヴィータ体への馴染みも早い。彼らは「新世代」と呼ばれる。

「新世代」メギドたちがヴィータ体でも暮らしやすく、しかしあくまでペクスたちとは一線を画して存在するために作られたのがレジェ・クシオの街である。この定期的に必ずメギドが発生する場所は、「人間牧場」関係者や「新世代」以外のメギドにとっても魅力的であった。そのためメギドラル中から多くの軍団が集まるようになり、街で過ごすようになった。同時に秩序を守るための自治ルールも確立し、裁判所などが設立された。いつしか、「拒絶区画」は「人間牧場」や「借り腹」と無関係のメギドたちが治めるようになる。

自治者メギドたちは「人間牧場」にも干渉するようになり、これを嫌った「人間牧場」関係者たちは牧場を街の外に移し、そこで作った「借り腹」の袋をレジェ・クシオに運び込む形を取るようになる。

じきに子育て旅団もレジェ・クシオを拠点にするようになり、発生したてのメギドをスカウトする場所としてのレジェ・クシオの意義はこれら子育て旅団も担うようになる。その結果、「借り腹」の意義は薄まってゆく。

そしてとうとう、メギド社会の中枢である議会が恒常的に置かれるようになった。

デミウルゴスは言う、生命とは「初めから終わりまで」であると。それは「個」ではなく「種」として捉えられ、どれほど長くそれが続いたかに意味がある。故にデミウルゴスは個を軽視し、それを拒絶し解脱せねばならないと説いた。

デミウルゴスは、ソロモンを人間牧場での交配実験に投入すると言った。生命を軽んじていると激昂するソロモンに、デミウルゴスは言葉を重ねる。本来棄てられるはずであった生命について既存の価値観を拒絶し有益なものとして利用し始めた点で、自分は生命を尊重している。またメギドであれソロモンであれ、自分の行動範囲より狭い範囲で生かされたままの者たちは死んでいるも同然だと重ねた。既成観念や規範を拒絶し今の自分の世界を飛び出していこうとするべきなのだ。

デミウルゴスに強硬に迫られ、身の危険を感じるソロモン。そこにインキュバス、カスピエル、メフィスト、メルコムが現れる。メルコムを護衛につけてソロモンを逃がすと、残ったインキュバス、カスピエル、メフィストは時間稼ぎのためデミウルゴスと対峙した。更にこちらを三名だけと思わせたところで、ブネ・バラム・モラクス・シャックス・バルバトス・サレオスも救援に入る。しかしながらデミウルゴスには全て読まれており、不意打ちの攻撃も全く効いてはいなかった。ソロモンの指輪にも興味を示したデミウルゴスは、ますますソロモンへの執着を深める。

メルコムとソロモンは逃亡途上で彼を探しに来ていたバールベリトに遭遇する。バールベリトからベルゼブフ軍襲来の報を聞いたソロモンは頭を抱えつつ、デミウルゴスと敵対することになったことを共有し、自分がベルゼブフ応戦のに参加する代わりにバールベリトにはレジェ・クシオ中心部に残ったブネたちの応援に向かうことを依頼した。

ブネたちはデミウルゴスに対して全く歯が立たなかった。デミウルゴスはこともなげに「創造を止めることはできず、自分のメギドとしての強さなどその創造の大きな動きの前では些細なことだ」と言い放った。しかしブネの「これまでの全てを拒絶するかのような攻撃」については「気に入った」と評し、ブネは殺さず温存する意向を示した。と、全滅直前のブネたちの元にバールベリトが到着する。

バールベリトは人間牧場と借り腹がこれからは必要とされないこと、そうなるくらいにメギド社会は変わりつつあり、その変化は止められないこと、ソロモンもまたその変わりつつあるメギド社会で好意的に受け入れられており、デミウルゴスといえども手を出すべきではないことを説いた。デミウルゴスは「変化は止められない」との言葉に反応を示し、また在り方を変えたバールベリトをして「これまでの彼自身を拒絶し、生まれ直して輝いている」と称賛した。そして、今バールベリトとの戦闘を開始すれば今度こそブネたちも死ぬまで戦い、そして自分以外は死ぬだろうと所見を述べた。バールベリトやブネを気に入ったデミウルゴスはその敵対を避け、いつか真の意味で世界を拒絶した彼らが自分と志を同じくする日を待つことにすると述べその場を去っていった。

 

からがら逃げ延びたソロモンは人間牧場への憤りを抑えつつ、マモンにレジェ・クシオ中央部で得た情報を共有し、これから樹立せんとする新体制からデミウルゴスとメギドラルの暗部を排除すべきだと主張した。マモンもそれに一旦同調を示し、ソロモンの報告に耳を傾ける。概ねの報告を済ますと、ソロモンはエウリノームの乗るアバドンに応戦するため戦場へと駆け出した。途上、ソロモンは連絡役のイヌーンにデミウルゴスから得た情報ーー種としての寿命を迎えた人間牧場のペクスが生む「ブランク」について、これを利用した「借り腹」という生体装置について、この運用がどこかの人間牧場で再開されようとしていること、人間牧場を率いるデミウルゴスが蛆と協力体制にあること、デミウルゴスヴィータ・メギド問わず生命を軽視する危険メギドであることーーを共有し、この情報が新体制樹立を待たずにメギドたちの間で周知され「人間牧場」が忌まわしいものと広く認識されること、それによりペクスたちを救う下地ができることを願った。

マモンも同じく出陣しようとしたが、そこへベルゼブフ陣営から返ってきたロノウェら3名とグリマルキンが到着した。

グリマルキンはマモンに対し、ベルゼブフ陣営の内情を大変分かりやすく整理して伝達する。陣営の指揮系統は現在二分されている。両者とも目指すところは本物のベルゼブフの立場を落とさないままの休戦であるが、その方法を異にしている。一方のエウリノーム派閥はサタン陣営との戦いで戦果を上げることで、休戦協定におけるバランスを有利にしようとしている。もう一方のベルゼブフ(偽物)は、先のハルマ侵攻によりハルマゲドン計画は実質潰えたと考えている。そのため現在の戦況はさておき、思想的な派閥上はバビロン派が優勢に立っていると考えている。よってバビロン計画に一名でも多くのメギドを参加させるため、すぐにでも戦争を終わらせてメギドの犠牲をとにかく抑えたい。そのため、今こうして儀礼戦争を提案している。儀礼戦争の行きつく先の落とし所は8魔星体制の継続である。これを聞いて全面的な同意を示したマモンは、各方面への通達を開始した。

規格外ゆえ何故か自力でフォトンを取り込めるようになっているアスモデウスアバドンに乗ったエウリノームに対して善戦していた。とはいえ、追放メギドの身で8魔星に渡り合うのは荷が重い。と、とうとうソロモンが戦場に到着する。ソロモンはバールベリトを召喚し、エウリノームの相手を任せる。

フライナイツはやめ戦後はヴァイガルドとメギドラルとを行き来しながら好きに暮らす、そのためにあくまでソロモンは殺すのだと言い、またバールベリトに同行を求めるエウリノームに、バールベリトはその自分本位な態度や価値観を改めるべきだと批判した。これにエウリノームは、バールベリトを頼っているのだと、数百年ずっと共に生き延び戦ってきたバールベリトとベルゼブフの存在こそ社会が変わっても変わらないものなのだと反駁した。バールベリトはそれ以上返す言葉を持たず、二人がフライナイツの団長と副団長とになった時のことを反芻した。あの時もエウリノームはバールベリトを頼ると言い、変化を厭うて軍団に入ることも立ち上げることもフライナイツの団長になることもしなかったバールベリトの世界に変化をもたらした。その前後で、しかしエウリノームとバールベリトの関係は不変であったのだ。

やけになって、バールベリトは叫ぶ。不変のものがあるか否かは都度確かめるしかない、だからこそ一度自分に敗北し、ベルゼブフもフライナイツも関係ない地平で考え直せと。エウリノームはそれをバールベリト自身の戦争の宣戦であると受け止めた。積み上げて来た全てを壊し、ベルゼブフに「空っぽだ」と言われた時に戻り、それでも2名の関係はあり続けるのか確かめるのだ。

ぶつかり合う二名、そしてメギド72にグリマルキンは絶叫した。

 

アバドンを操るエウリノームをくだしたメギド72。しかし、崩れ行くアバドンからエウリノームの姿は現れない。グリマルキンアバドンにしがみつき、皆がエウリノームを待っていること、本物のベルゼブフに縁のある自分も彼の復活のためエウリノームを必要としていることを声を枯らさんばかりに伝える。ソロモンの側にはバールベリトと黒い猫が駆けつけ、グリマルキンのしがみついている辺りにコックピットがあること、召喚の力でエウリノームを助け出してほしいことを頼んだ。皆の望みはソロモンの召喚にかかっている。ソロモンは指輪に渾身の力をこめ、エウリノームの名を呼んだ。

 

敵も味方も皆固唾を呑んでソロモンとアバドンを見守る。そこに、エウリノームがいた。彼は静かに、まるでゼロに戻った気分だと呟いた。静まり返った戦場の中心でゼロ地点に戻ったエウリノームはどこかにいるベルゼブフに向かって語りかける。フライナイツに誘われた時、ベルゼブフは「やってみなければわからない」と語った。そして今、エウリノームが「やってみてどうだったのか」同じ目線で語り合える相手はベルゼブフただ一人であると。かつてとは逆に、今度はエウリノームがベルゼブフを、ソロモン王の軍団に誘うのであろう。

 

事情を呑み込んだエウリノーム、そしてベルゼブフは、サタン陣営に向かって朗々と口上を述べ、マモンの名を呼んで議会場の解放と議会の開催を訴えた。儀礼戦争の筋書きである。首謀者たちの目論見通り、メギドたちの議論の争点はレジェ・クシオと議会場の解放に移っていった。そしてマモンはベルゼブフの要求を受け入れ、同時に見事休戦が成立した。メギドたちは次々に、一度は追われたメギドの街レジェ・クシオへと再び入城して行った。

ブネたち潜入組も無事本隊へと帰投し、カスピエルら火事場泥棒組もちゃっかり酒を確保する。そして大挙するメギドたちは我先に議会場へとなだれ込んでゆく。

議会場は確かに破壊されていた。しかし、消沈しかけるメギドの群衆にアスモデウスが一喝する。遥か昔は単なる広場が議会場だった。議会とは場所ではない、メギドが集まれば議会は開ける。この世に不変なものがあるとすれば、メギドが集まり議会を開くということこそそうなのだ。

 

アバドン爆発のどさくさで気を失っていたグリマルキンは、ソロモンの見守る中で目を覚まし、功績ばの称賛を受ける。

彼女が安否を気にするエウリノームは、少し離れた場所でバールベリトと今後について話し合っていた。エウリノームはベルゼブフを助けるために動き、バールベリトも協力は惜しまない。ソロモンは母なる白き妖蛆とも、人間牧場とも敵対するつもりでいる。ベルゼブフ救出の手掛かりとなる「眠り姫」はまさにその母なる白き妖蛆の白き世界に精神をとらわれながら、体は人間牧場のどこかにある。フライナイツを抜けて好きにやるなどとんでもない、自分たちは後に引けない大きな戦争に巻き込まれているのだ。

 

#115

メギド72はレジェ・クシオ某所に拠点を借り生活していた。メギドラル社会は大きな戦争の集結に浮き立ち、議会場では議論が日夜繰り広げられ、皆暗黙の休戦季を楽しんでいた。とはいえ「大いなる意思」を介さない会議は踊るばかりで、混乱の収束は遠そうだ。

黒い犬はソロモンの意向に従ってペクスや人間牧場の情報をメギドラルに広く知らしめているが、忌避感情を呼び起こすのはやはり難しい。

アマイモンは、8魔星体制が維持されるメギドラル中央社会への迎合を拒み、議会参加を見送ってまつろわぬ者へと戻った。

 

ソロモンは軍団の者たちにペクスや人間牧場についての情報を求め、その実態に嫌悪感を募らせていた。ブネはいつデミウルゴスの攻撃を受けるともしれない状況でソロモンが仲間に恐怖を抱き始めたことを懸念し、眼の前の戦いに目を向けさせる方法についてサタナキアに献策を求めた。サタナキアは、ソロモンは誰かのためならより積極的に動くことを指摘した。

ソロモンはコシチェイのことを思い出し、彼という反逆者を自分が殺してしまったことを悔やんでいた。そんな自分が今更ペクスを救おうとする資格はあるのだろうかと彼は思い悩む。ペクスたちはメギドラル社会への復讐を求めるだろう。だが、彼らとともにメギドを敵視し恐怖するべきとも一概には思えない。ソロモンは相容れない二つの種族の間で自身の立場を見失っていた。

ふさぎ込むソロモンに、バラムやグリマルキンは気遣いを見せる。異なる種族が交われば、そこに歪みや非道が生まれることもある。それでも概ね、猫であるグリマルキンヴィータが嫌いではないと言うし、ソロモンも交流を持つことを避けるべきではないと彼女は諭した。

また不死者会議の者たちも、かつて自らがヴィータ社会で受けた迫害を引き合いに出しつつ、人間牧場という暴力についてはソロモンと同じ気持ちだと寄り添う姿勢を示した。

散歩に出たソロモンはマモンがレジェ・クシオ防衛の人員を求めていることを知り、メギド72として志願し出撃することにした。具体的な任務は周囲の幻獣の討伐と不審な者への警戒、そして幻獣が組織的な動きをしていないかの調査である。

任務の合間、「人間牧場」や「借り腹」出身のメギドたちは自らの記憶や知識を代わる代わるソロモンに聞かせる。その十人十色の(しかし総じて具体的な知識には乏しい)心情や、あくまで「人間牧場」の打倒に協力的な姿勢に、ソロモンは少しずつ仲間への信頼と安心を取り戻してゆく。

その中で、グレモリーは社会的コンセンサスを確保しないまま打倒「人間牧場」に向けた行動を起こすことの危険性を忠告した。それはメギドラルに対する内政干渉、敵対行為になりかねないからだ。まずは実情を調査し、議会に報告するべきだとグレモリーは説いた。そこで「人間牧場」の不当さについて共感を得られなければ、その時初めてヴァイガルド勢力として内政干渉覚悟で、場合によってはシバとも共同でペクスの解放を求めていくことになる。

またペクスのヴァイガルド移住が決まったとしても、その後同化主義を取るか分離主義を取るかーー同じヴィータとして溶け込むのか、ヴィータとペクスを別々の種とした上でヴァイガルドにおけるペクスの地位を確保するのかーーも考える必要がある。

更に、彼ら自身の自立支援を行い、生きていく力を取り戻させる必要もある。

グレモリーは具体的なマイルストーンとして、デミウルゴスを排した後ソロモンがその地位に取って代わることを提案した。「人間牧場」の枠組みは残したままその管理者として議会の承認を受けつつ、ペクスの支援施設として流用・再建するのである。そこで十分にペクスたちに生きる力がついたら、改めてヴァイガルド移住を提案する。

レジェ・クシオ周辺の幻獣は限られた種類に限定されていることから、メギド72はそれが組織された軍団であると結論づけた。

一行はついに軍団の中心的な幻獣を発見する。メギドたちが奇襲に向けて身構える中で、ソロモンは周囲を驚かせる行動に出る。単身幻獣の前に姿を現し、話しかけたのだ。挑戦的な賭けであったが、ソロモンの目論見は成功する。幻獣を通して「母なる白き妖蛆」が答えたのだ。

短い問答の中で、ソロモンは「母なる白き妖蛆」から、メギドの暗部を見たのかと言い当てられる。メギドを許せないのなら今からでも自分の陣営に来るかと誘う蛆をソロモンはきっぱりと拒絶し、自分の中に確かにあるメギドを許せない気持ちはこの世界を許せない気持ちと同じだから、自分は世界を変えるのだと答えた。蛆はソロモンのその態度を「独創的だ」と評した。

 

存外に理知的、かつメギドラル社会の運営に協力的なベルゼブフ(偽物)を、なかなかどうしてマモンは気に入っていた。

アスモデウスは8魔星会議(とはいえベルゼブフ(偽物)とルシファー、マモンしか出席していない)に乗り込むと、もう一つの「大いなる意思」の存在やウイスルスキャナとしての議事フォトンを自分たちが保有していることを伝え、巧みに「意思」捜索及び奪還の任を得た。「意思」奪還後ベルゼブフ(本物)が帰還する可能性については、マモンは愚痴っぽく不満を述べた。

マモンの不満はもっともで、今やベルゼブフ(本物)はレジェ・クシオのバリアを壊してハルマ襲来の直接のきっかけを作り、更に議会の者の殺害と「大いなる意思」の破壊とを行ったメギドラル社会の反逆者である。ベルゼブフ(偽物)を再び8魔星としてメギドラルの中枢に受け入れるに当たり、偽物こそを本物のベルゼブフとし、これらの凶行をなしたのが偽物であるとの触れを出している。よってもう一人のベルゼブフーー本物のベルゼブフーーが今更現れるのは大変都合が悪いのだ。

 

レジェ・クシオ某所にて、エウリノーム・バールベリト・ガギゾン、フォルネウス・メギドラルのソロモン王・サルガタナスは会合を開いていた。議題はベルゼブフとサタンを助け出す方法である。

まずは、二人の魂を取り込んだ「大いなる意思」を守ってどこかへと消えた人工メギドーーサルガタナスはこれをクリプトビオシスと名付けたーーを見つけ、撃破の上「大いなる意思」を取り戻さねばならない。

次に「意思」から二人の魂を分離し取り出さねばならない。二人のソロモンの召喚の力により引き寄せて実体を構築することは期待できるものの、混ざりあった意識の分離の方法が課題である。魂の自己認識が召喚には必要である。

この解決策として、方法以前の構想の段階ではあるが、ガギゾンは「対話が鍵だ」と提案した。対話することで思考のきっかけを作り、思考するIを認識させることで再帰的自我Meを観測させる。観測された魂は自己と自己以外を峻別せざるを得ず、その時が召喚のチャンスとなる。

そこに、エウリノームが対話の方法があることを宣言した。「眠り姫」である。彼女の、特定の意識を取り出して「白き世界」に連れて行く能力ならば、そこでの対話が可能になる。

なお、エウリノームは「大いなる意思」も政治の道具として使えると算段した。エウリノームとバールベリト、ベルゼブフ、サタン以外の8魔星に穏便かつ内密なベルゼブフの入れ替わりを認めさせるための交換条件にできるというのだ。

 

暗黙の休戦季の影では不審な暗殺も行われているらしい。裁判官のフリアエとその補佐の任を負っているアラストールは、メギドの死体を発見し眉根を寄せていた。

アロケルは、レジェ・クシオ内でメギドどうしのいざこざに出くわしていた。どうやらフライナイツのメギドがとあるメギドの暗殺を試みたところらしいが、奇しくも襲われていたメギドというのは、かつてアロケルにロノウェの暗殺を依頼した一派の者であった。襲撃者はどうやら、ロノウェの暗殺を防ぎたい立場にあるらしい。好都合だとばかりに、アロケルにも攻撃を仕掛けてくる。わけもわからず応戦していたところに、彼の単独行動を訝しんで後をつけていたロノウェとプルソン、アムドゥスキアスが駆けつける。次いでフリアエとアラストールも介入したことで、その場は一旦収まった。また、襲撃者はアラストールの懲罰局時代の同僚でファナティッカという名であった。

ファナティッカは逃してしまった。襲われていたメギドを連れた一同はひとまずフリアエと共に裁判所に赴き、そこで事情を話すことになった。ロノウェ・プルソン・アロケル・アムドゥスキアス・フリアエ・アラストールは襲われていたメギドから衝撃的なことを知らされる。ロノウェは「母なる白き妖蛆」の駒となる存在だったというのだ。

曰く、ロノウェは「母なる白き妖蛆」が特別な任務を与えた、すなわちメギドがエルダー化することを防ぐためメギドを殺し喰う本能を植え付けて送り出した幻獣の魂を元に発生した。だがそのメギド喰らい幻獣の魂は、奇しくも「借り腹」内のブランクに宿ってしまった。その結果発生したのがロノウェ、メギド狩りの本能を持ったメギドである。

ロノウェは発生するなり「借り腹」施設にいたメギドを片っ端から食い殺して脱走し、危険メギドとして手配・捕縛されることとなった。

デミウルゴスは、捕縛したロノウェの処刑を好ましく思わなかった。ロノウェが表立って処刑されれば、それはメギド社会を監視する「母なる白き妖蛆」の知るところとなる。メギド狩りの本能を持ったメギドの処刑という事実は「母なる白き妖蛆」が昔メギド狩りの任務を与え送り出した幻獣がメギドになったことを示し、そのまま「母なる白き妖蛆」に「借り腹」のことを知られるおそれがある。そうなってしまえば「母なる白き妖蛆」は立腹し、デミウルゴスとの協力関係を解消するだろう。これを恐れたデミウルゴスはロノウェの処刑に介入することにした。

とはいえ暗殺をすれば大罪人が急に姿を消すことになり、ロノウェに恨みを持つ関係者の興味を引いてしまう。ロノウェの背後関係が探られれば彼が「借り腹」出身のメギドであることも知られるかもしれない。「借り腹」がメギド喰らいを生んだという事実を偶然として片付けるにはタイミングが良くなかった。というのも、当時既にレジェ・クシオからの「借り腹」の撤退が決定されていたのだ。もともと縮小していた施設をロノウェが決定的に破壊したため、結果としてロノウェは最後の「借り腹」出身メギドとなった。この状況は、レジェ・クシオから追い出される形となった「借り腹」及び「人間牧場」の関係者がメギドラル社会に恨みを抱き、報復のため意図的にメギド喰らいを作り出したと捉えられかねない。

よってデミウルゴスは、付き合いのあった懲罰局やフライナイツを通してロノウェを追放刑とさせた。

 

インキュバスは「黒い犬」になる前、「ヒュプノス」と呼ばれる「人間牧場」関係者の候補者だった。「ヒュプノス」になることを拒み逃げ出した「人間牧場」と今再び関わることにインキュバスは悩み、サキュバスら誘拐作戦組メギドに相談を持ちかけた。

ヒュプノス」とは、元は古代に存在した強大なメギドである。それは夢見の者に似ているがより原質的な、つまり「母なる白き妖蛆」に近い能力を持っており、かつ夢見の組織に属することなくその力を振るって戦争を繰り返していた。

ヒュプノスはその強大すぎる力を虞れた夢見の者たちの手で暗殺され、死体は研究のため「人間牧場」のどこかに隠された。保存処理を施されたヒュプノスの死体は長らく忘れ去られてきたが、ある時デミウルゴスにより発見される。デミウルゴスは半ば興味本位でヒュプノスの力の再現を試み、実際にヒュプノスのコピーを作り出すことに成功した。ヒュプノスのコピーは眠ったままの状態で、いずれ必要になるときのためある場所に隠され、その施設は「忘却の褥」と呼ばれることとなった。そしてこのヒュプノスのコピーこそ、サタンとベルゼブフの救出の鍵となるであろう「眠り姫」である。

今では、「忘却の褥」の管理者にして支配者の役職名が「ヒュプノス」とされている。

インキュバスは発生してすぐ、「忘却の褥」とへ運ばれた。精神干渉の能力を持っていることから「ヒュプノス」の適正ありとされたのだ。そこでインキュバスは、嫌気が差して逃げ出すまでの間、候補者として厳しい訓練を受けさせられた。

死にかけたこともある「忘却の褥」に戻ることについて、インキュバスはあまり気乗りしないという。

 

幻獣を蹴散らし戻ったメギド72に、マモンは「大いなる意思」の奪還の仕事を依頼した。ベルゼブフとサタンをこっそり殺さないかと軽い調子で提案するマモンに、しかしソロモンは否やを示す。確かに反逆者であるベルゼブフの処遇は難しい問題だし、二名ともヴァイガルド侵略の旗頭に違いないが、むしろだからこそ二名に侵略の方向性を翻させリーダーとしてそれを示してもらったほうが、長期的にはヴァイガルドの平穏に繋がるというのがその理由だ。そして無論、軍団内でベルゼブフに思い入れを持つ者たちの意向を王として尊重したいという理由もある。

そこへ、ブネ、ロノウェ、インキュバス、エウリノーム、メギドラルのソロモン王たちがリリスを囲んでやってきた。リリスにそれぞれの問題を相談しているうちに、それぞれの事情が相互に関連していることが分かり、次の行動が固まってきたのだという。それは大いなる意思の奪還であり、ソロモン自身の意志やマモンに代表される8魔星会議の意志とも合致するところである。

まずはインキュバスの情報を頼りに「人間牧場」のどこかにある「忘却の褥」に赴き、「眠り姫」の肉体を確保して目覚めさせる。これはエウリノームが「眠り姫」と取り付けた約束の中の交換条件となっているので、恐らくはそのまま「眠り姫」の協力を得られるだろう。

「大いなる意思」を持ち去った人工メギドを見つけ「意思」を奪還したら、その中にいるベルゼブフの意識を「眠り姫」の力で「白き世界」に呼び込み、対話をすることで「思考する自我」を観測させ、渾然一体となったベルゼブフ・サタン二名の魂を峻別する。

二者の魂の分離に成功したら、ソロモンとメギドラルのソロモン王の同時召喚で大いなる意思からベルゼブフとサタンを目覚めさせる。

 

レオナールがベルばらみたいに整った固グラを得た!!!

プロセルピナも固グラついた!!!

レオナールとプロセルピナは、リバイバイルを人間牧場の研究メギドに見せることにした。

その様子を見かけた「母なる白き妖蛆」(実体)は、リバイバイルのことを「歪み」と呼んだ。

 

#116

サルガタナスの手配により、クリプトビオシスの居場所はバンキン族の者たちが突き止めていた。「魔の山」の洞窟にそれは潜んでいるという。

ソロモンは小隊を作ってそこへ向かう。

魔の山」に到着すると、小隊は更に細かく分かれて標的を包囲することにした。マルコシアス、フォカロル、アンドレアルフスはその内の一隊である。ブネ・サルガタナス・イヌーンはソロモン隊だ。

待機中の面々は、エウリノーム・バールベリト・ガギゾン・フォルネウス・リリスリリムを中心に「眠り姫」との接触を試みていた。夢の中で「眠り姫」に会ったエウリノームは、「大いなる意思」の中で安定を手にしたベルゼブフを無理に引っ張り出すことに対しての迷いを見せる。しかしエウリノームは、本来のベルゼブフの個とは理想を追い抗い続けることなのだと「眠り姫」を説得し、無事その協力を確認する。

「眠り姫」が勝手にメギド72に接触することは「母なる白き妖蛆」への裏切りと取られ、「眠り姫」の不利益または抹消に繋がりかねない。また、「大いなる意思」の中でベルゼブフとサタンの意識の混合は刻一刻と進んでおり、手を拱いていれば手遅れになりかねない。そのためやはり、クリプトビオシスを撃破したタイミングですぐにベルゼブフ及びサタンの召喚を試みるべきとの結論となった。エウリノームとバールベリト、メギドラルのソロモン王はその旨をソロモンに伝えに走る。

 

同じ頃「大いなる意思」の中で、サタンとベルゼブフの意識の混ざりあった存在は自身のいる「楽園」に疑問を持ち、歩き、考え、まるで現実のクリプトビオシスの行動と連動するかのように暗い洞窟の中へと分け入り進んでいた。そこでメギドラルの戦争の記憶に出会い、「楽園」と思っていた場所が「大いなる意思」の中であることを悟った。

記憶と暗闇の果てに、それは明るい場所に出る。「白き世界」である。そこでは「眠り姫」とガギゾンが彼を待っていた。名を呼ばれ、対話をし、次第に意識はベルゼブフの形を成してゆく。ガギゾンはそこへ更に、自分が何者か考え、己の意識を観測するよう促した。意識はついにベルゼブフの姿を成し、「蛆」に奪われた時をやり直すため、メギドラルへと帰る意思を見せた。

そしてまた分離したもう片割れーーサタンも、統一議会場の記憶を眺めながら、自分たちの戦争の積み重ねが手に余るほど大きな敵に影響を与えられたのか、自分はそんな戦争に参加できていたのか、即ち歴史たるだけの意味を持つ戦果を挙げられたのかと呟き、それを確かめるためメギドラルへと帰る意思を見せた。

夕日を眺める二人のもとに召喚の気配が訪れる。楽園から去ることに幾ばくかの寂寥を感じながらも、二名はそれを穏やかに喜んだ。そしてまた、二名の意識が完全に調和した「楽園」の記憶がこの「大いなる意思」の中に残り、未来の統一議会でそんな特別な共感性の在り方を他のメギドたちに示し得るということは、彼らに充実を感じさせた。彼らは別れ、そしてまた出会い、互いを観測するのである。

 

人間牧場にある研究施設を目指してメギドラルを歩いていたレオナールとプロセルピナ、リバイバイルは母なる白き妖蛆の接触を受ける。蛆はリバイバイルを引き渡すよう要求した。

リバイバイルは起動に失敗し、死ぬに死ねず何度も蘇り続けているアンチャーターだった。起動の最中、その疑似生命体の肉体にメギドの魂が宿ったのだ。メギドでもアンチャーターでもない彼女を蛆は「歪み」と呼ぶ。メギドではないから彼の世界に帰れず、弾き返されて戻ってくれば生命に非ざるものゆえ同じ存在として発生する。

蛆はリバイバイルからアンチャーターとしての力を分離し、それを己の身に宿すという。蛆自ら最後のアンチャーターとなり、実体化した肉体を滅ぼすことで凶星を空に上げる。無論、超意識である蛆にとって肉体ひとつの滅びは枝葉のひとつを落とす程度のことでしかない。

楯突くレオナールとプロセルピナをあっさりと蹴散らした母なる白き妖蛆は、宣言通りリバイバイルからアンチャーターの力を奪い取った。

 

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